東西南北 | ナノ



東西南北


料理が出来上がった。
薫も冴奈も満足顔だ。

「よそいましょうか!」
「そうだな」




居間に野菜炒めの大皿、受け皿、吸い物、ご飯が並んだ。

「弥彦と剣路呼んでくるわね?剣心はお風呂沸かす準備したら来るって」
「解った」

薫が居間から出た。
だから冴奈は8畳ほどの部屋で一人で手持無沙汰だ。何もすることがない。

部屋を見回す。
(こよみ)があって、座布団が積まれていて、―――

「おろ?随分早く終わったんでござるな。手伝おうと思ってたんでござるが…」
「剣心、思いのほか早く終わったんだよ」

剣心が薪の準備を終えて、居間に来た。

「他のみんなは?」
「薫は呼びに言ったんだ。えっと、弥彦と…名前、何て言ったかな」
「ああ、剣路でござるな?」
「そんな感じだった気がする。剣路というのはここの門下生か?弥彦みたいに」
「いや、違うでござる。ん?違わない気も…」
「どっちなんだよ」
「半年ほど前から剣術がやりたいと言うようになってな、だから毎日稽古を、」
「やっぱり門下生じゃないか」
「剣路は拙者達のむ――」

「早く来なさい!!冷めちゃうでしょ!!!」

薫の声が剣心の言葉を遮った。
そしてドタバタという複数の足音。

「お!!!!なんかまともそうな飯!!ほんとにお前が作ったのか!?薫!!」
「ふふん。私だってやればできるんですからねー!」
「どうせ半分以上は冴奈さんだろうけど」
「煩いわね!」
「図星かよ」
「オレは母さんのご飯好きですよ!」
「そう?ありがとう、剣路」

薫が茶色い髪の男の子の頭を撫でる。
冴奈の知らない顔だ。

「ああ、こいつが門下生の剣路という奴か?随分と小さいな」

冴奈は剣術道場の門下生なんだから、もっと屈強だろうと偏見を持っていたが、見事に打ち崩された。
師範代であるという弥彦も華奢な体躯であるが、長い間持ち続けた偏見はそうそう変わらないらしい。

「今から大きくなるんだよ!なんですか、母さん、こいつは!!」

小さい呼ばわりされて、剣路は気に入らないらしい。

「拙者の妹でござる」
「緋村冴奈だ」
「な、親父の妹!!!?」
「おや、じ?」

冴奈が言葉に詰まった。

「剣路は拙者達の息子でござる」
「拙者、達?……剣心、と弥彦?」
「何でその選択肢が出てくるんだよ!!!!」

弥彦が突っ込みを入れる。

「じゃあ…剣心と薫!!!!?結婚してたのか!!!!!!???全く夫婦に見えん!!!!!いや寧ろ男女が逆とでも言おうか!!!」
「言いすぎでござる!!」
「そりゃ違いねぇ!!」

弥彦も冴奈もカタカタと笑う。
そして、突然笑い始めた冴奈に剣路は戸惑う。

「な、なんだ…?親父と違って全然陰気そうじゃない…」
「剣心が陰気だって言ってるのか!!?ハハハハ!!!!!いい息子を持ったな、剣心!!!!」

ガハガハと笑う冴奈は、テンションマックスの時の比古清十郎のようだ。
比古がハイになることはあまりないのだが。
(他人の失敗を嘲笑う時だからだ。今の冴奈のように)

「結婚してたなら、教えてくれればよかったのに」
「いや、師匠に伝えようとは思ったんだが…」
「師匠はああそうか、としか言わなさそうだな。アハハハ!!!!」

冴奈がまた笑い始めた。
薫や弥彦には彼女のツボが全く解らない。

「…糞親父の妹は笑い上戸かよ」
「糞親父、だと?」

剣路の呟きは、冴奈の笑いを止めた。
微かに彼女から殺気も感じる。

「は?」
「貴様、もっと親を大事にするという気持ちはないのか。貴様に無条件に衣服も食料も与えてくれ、しかも剣術も教えてくれているんだろう。感謝する気持ちを持て」

「(感謝する気持ち…?それを冴奈が言うでござるか)」

剣心は夕飯を作る時(05)のあしらわれ方を忘れていないらしい。

「確かに剣心は何もない時はのほほんとしている。敬う気持ちが全く起きないのも解らないでもない。
 だが、親というのは唯一無二だ。世界どこを探してもお前には剣心と薫しかいないんだぞ。解ってるのか」

失くしてからでは遅いんだ。
冴奈は親の有難さを知る前に、天涯孤独になってしまった。

「冴奈さん…」

弥彦も思い出す。
この神谷道場に来るまで、人間であって人間でないような生活をしていたことを。
スリをして、仁義も誇りも持っていない、くだらない生活。
そんな生活を始めたのは、親を失ってからだった。

「兎に角感謝を知れ」
「冴奈さん…もしかして、両親を…」
「…しょうもないことを聞くな、弥彦。私には師匠がいる。師匠が親だ」

その言葉は彼女が双親(ふたおや)を亡くしていることを暗示するには十分だった。

「そっか。悪ぃ、冴奈さん」
「それじゃ、ご飯にしましょう!剣路も座って!」

薫が一際明るい声を出す。
彼女も居づらかっただろう。彼女もまた親を亡くしている。

「今日の主役は茄子だ」
「おお、美味そうでござる」
「冴奈さんが作った飯、楽しみだー!!!」
「私も作ったって言ってるでしょー!!!?」
「母さん、頂きます!」

賑やかな晩餐。
冴奈は新鮮で楽しかった。

2012.3.20./4.21.


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