東西南北 お茶を飲んだ後、さっそく料理を教えてくれるように頼まれた。 だから冴奈は薫と共に台所へ行った。 夕日が外に見える。 「そういえば、何人分作ろうと思うんだ?」 「冴奈さんが食べて行くからー…ひぃふぅ…5人かな!」 冴奈が夕食を御呼ばれするのは、決定事項らしい。 「食べていってもいいのか?」 「ええ、もちろん!」 「そうか…」 こんな人の温かさに触れて嬉しくなった。 「5人ならどんなのがいいかしら?」 「皆で囲める料理がいいな。野菜炒めが妥当か。それと吸い物」 「いいわね!えーと、材料材料…」 「何があるんだ?」 「茄子があるわ!にんにく…ししとう…いんげん…」 「うん。後は豆腐があればいいな」 「解った。けーんしーん!!!」 突然爆音で薫が言った。 するとバタバタと足音が近づいてくる。 「ど、どうしたでござるか!?」 「お豆腐買ってきて」 ずっこける剣心。 冴奈は一緒に買いに行こうと言おうと思っていたのだが…剣心が買ってきてくれるなら別にいいだろう。 「ということだ。よろしくな」 「(人遣いが荒い…)」 剣心は2人にばれないように溜息をついた。 ------------ 茄子が今回の野菜炒めのメインだ。 だが、薫は手先が不器用で、丸い茄子を切れない。 「そんなに力を入れたら駄目だ」 「え、でも、力を込めないと、滑っちゃってキャッ!」 茄子が空に舞う。 「力を込めるから滑るんだ!もう少し優しく持ってみろ」 「そうそう、お前には優しさが足りねぇんだよ」 「弥彦ー!!!こっち来る暇があるんなら、剣路と稽古でもしてなさい!!!」 弥彦が廊下から茶々を入れる。 鬱陶しいったらありゃしない。 「ん?そうか。ここは剣術道場だったな」 「どうしたの?」 「道場の方には門下生がいるのか。しまった、それなら覗いてみたかったな…」 「もうそろそろ稽古の時間も終わりね。大丈夫よ、明日もあるから」 「そうか、楽しみだ」 「みんな忙しくて、全員が集まるってことはないんだけどね。昔に比べれば増えたの」 フフッと幸せそうな笑みを零す。 その手はしっかりと茄子を握っている。 「…薫。茄子は包みこむように。左手の親指は包丁の刃に添えて、刃は皮の下に通すんだ」 冴奈は丁寧な実演をしながら、茄子の皮の剥き方を教える。 薫もおどおどと皮を剥き始めた。 「最初はゆっくりでいいから、慎重に。指、切らないようにな」 「うん…」 薫は指先に神経を集中させている。 中々の集中力だと思われる。 「そう、その調子」 皮を人差指の長さほど剥くと、皮が切れた。 「や、やった!!」 「さっきの感じなら、他の野菜も切れるぞ」 「本当!?」 「後は慣れるのみだ」 薫は大変嬉しそうだ。 冴奈は玉ねぎを持つ。 「玉ねぎは斜めに包丁を入れるのがコツだな」 「斜め?」 「玉ねぎは丸いだろ?だから普通に切るんじゃ駄目で、玉ねぎをこう置いて――」 球根型の玉ねぎを縦に半分に切り、切った面を下にして置く。 そして包丁を斜めに玉ねぎに入れた。 そうすれば同じ薄さに切れるというわけだ。 「おおお!!!」 薫は面白いくらい冴奈の手元を見つめる。 「玉ねぎそんなに見つめてたら、涙出てくるぞ」 「あ…」 バッと体を起こし、薫は眼もとに手を当てる。 うっすらと目が潤んでいる。 「こればっかりは仕方ないよな」 冴奈も涙を我慢しながら、笑う。 「ただいまでござる〜」 「あ、お帰り。剣心!」 薫が勝手口の方に近づく。 そして剣心は目を見開く。 「ど、どうしたんでござるか!?薫殿!!涙が… もしかして、冴奈が変なことを…!!!」 「変なことって何だ」 「いや、お主ならやりかねん。ずっと師匠と暮らしてて、欠片も人を 「あら、そんなことないわよ、剣心。優しく茄子の切り方を教えてくれたし!」 「薫にはやっぱり才能がある。お前の教え方が悪かっただけだな」 「…拙者を労わる気持ちはないということでござるか」 剣心は豆腐を買い、帰ってきたばかりだ。 それなのに、冴奈には感謝の気持ちが言動に表れていない。 「何で剣心を労わらないといけないんだ?」 「…流石師匠の弟子でござるな」 「お前もだろう」 「拙者は飛天御剣流は継いでない」 「はぁ!!?奥義を学んだくせにか!!!」 「ああ。飛天御剣流の理だけを学んだ」 「…私は教えてもらえなかったのに。よく言うぜ」 それでも冴奈は比古の弟子のつもりだ。 女の体では飛天御剣流を使うごとにかかる負荷は大きすぎるため、比古は冴奈に全ての技を伝授しなかった。 冴奈はいつも悔しかったのだ。 ずっと先を走る剣心の背中を見て、追いつこうとしても女ということが邪魔をした。 気不味い空気が流れる。 「…あ、剣心。お豆腐もらうわね」 「ああ、薫殿。ありがとう」 「…次は吸い物を作ろうか。薫、水を沸かすぞ。井戸はどこだ」 「一緒に行きましょう! じゃ、剣心ありがとう」 冴奈と薫は鍋を持って、勝手口から出て行った。 剣心はそれを見ていた。そして、妹同然の冴奈が嫁と仲良くしているのを見て、微笑ましく思ったのだった。 2012.3.11. [←] [→] [back] [TOP]
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