東西南北 | ナノ



東西南北


冴奈は神谷道場に一泊した。
そして、その朝。



清々しい朝。朝日がきらきらと光るようだ。
剣心は目覚めた。
この平和な日々に慣れ、布団の中でも寝れるようになった。
これも全て隣に寝る――彼の最愛の(かおる)のお陰だ。
彼らは家族揃って川の字に寝ていた。
奥から剣路、薫、剣心。
剣路が薫と剣心の間に入って寝ることを全力で拒んだため、このような並びになったことは弥彦でさえ知らない。

剣心は静かに起き上がり、薫と剣路の顔を見て微笑んでから寝室を出た。
もちろん朝食を作るためだ。







剣心が味噌汁の仕上げとして味噌を溶かしている時、薫が起きた。
そして台所に来て、目をこすりながら言う。

「おはよーけんしーん」
「おはようでござる。今朝も眠そうでござるな」
「手伝うことないー?」
「うーん」

剣心は考える。
ご飯も炊き終わったし、魚もばっちり焼けた。
味噌汁ももうすぐできる。

「じゃあ冴奈を起こしてきてほしいでござる。かなり大変な仕事でござるから…」
「大変ー?起こすのが?そんなわけないわよー。じゃ、起こしてくるわねー」

薫は冴奈に貸した空き部屋に向かう。
朝の冷えが足の裏を通って伝わる。
さっき起きた剣路と(破落戸長屋で寝泊まりする)弥彦が朝の稽古をする姿を横目に見た後、冴奈が寝ている部屋に着いた。

「冴奈さーん。起きてるー?」

返事はない。

「冴奈さん、入るわね?」

返事はないので、障子を開け部屋を覗く。
冴奈が綺麗な顔をして寝ている。布団はほとんと皺がなく、彼女の寝像がいいことが窺(ウカガ)える。
布団の横には彼女の刀と着物が置いてある。

「冴奈さーん!」

少し大きい声で名前を呼ぶ。
だが身じろぐ様子さえ見せない。

部屋に入り、冴奈の近くに行く。

「おはよー!もう朝食できそうよー!」

耳元で言ってみるが、冴奈は眉一つ動かさない。
相当眠りが深いらしい。

薫は冴奈の肩を持った。

「冴奈さんっ!冴奈さんってば!!」

肩を揺するが、全く起きる気配がない。
死んでいるのか、というほどに。

「…冴奈さん?」

薫は不安になって、冴奈の口元に耳をやる。
すーすーという寝息が聞こえてきた。

「よかった…生きてる」

それならば、起きないだけか。
慣れない所で寝て、夜が遅くなったのだろうか。
しかし待っていられない。
剣心の様子では朝食はもうすぐできるだろう。
今すぐ起こさなくては。

薫はどこからともなく鉄の鍋としゃもじを出した。
本当にどこから出したのだろう。管理人にも解らない。

冴奈さぁあああん!!!おーきてえええええええ!!!!!!!

ドンガンガンガンガン!!!!

鍋で鉄特有の音を轟かせる薫。

「な、なんだ!?」
「どうしたんですか、母さん!」

弥彦と剣路が音に驚き、稽古を中断してこちらに来た。
この爆音は近所にまで聞こえているかもしれない。

「ぜぇはぁ…冴奈さん…?」

冴奈はあの音の中、顔色すら変えていない。

「冴奈さん、起きないのか?」
「そうなのよ、弥彦…」

薫は秘密兵器・鍋叩きまで使って起こそうとしたのに、冴奈は反応を示さない。

「でも鍋を使っても起きないって…相当ですよね」
「そうねぇ、剣路。どうしよう」
「うーん…」

「やっぱり起きないでござるか?」

剣心がこちらにやってきた。
おそらくは、鍋の音を聞いて、起こせないことを察したのだろう。

「冴奈さんが起きてくれなくて…」
「全く動かないんだぜ」
「だから言ったでござろう。起こすのは大変だって」

剣路は剣心が来たことが面白くないので、黙っている。
剣心はそんな息子を見て苦笑し、冴奈に近づいた。

彼は剣気を発した。
ビリビリしたものが、彼の後ろにいる剣路にも伝わる。

すると冴奈が飛び起きた。
素早く左側に置いている刀を掴み、抜刀。相手の首筋に剣先を――

「…けん、しん」
「おはよう、冴奈。朝が弱いの直ってないんでござるな」
「悪かったな…」

冴奈は剣を納めた。

「よし、朝ご飯にしよう」
「飯!飯!」

弥彦がはしゃぐ。
薫が剣路の様子に気づいた。

「…剣路?」

彼は震えていたのだ。
浴びたことのない剣気に、恐怖を感じて。

「剣路?」

剣心が彼の名前を呼ぶ。
すると、ハッとしたように我を取り戻した。

「んだよ!!」
「さあ、ご飯にするでござる」

剣心は少しだけ眉を下げた、いつもの笑い方で言った。



「全部剣心の所為!?」
「そうだ。前話しただろう。
 剣心に龍鳴閃を教えてもらった時、何度も龍鳴閃を食らって鉄の音に慣れてしまったんだ。剣心の教え方が下手過ぎてな。しかも昔から低血圧で、寝起きは悪かったのに…
 だから全く起きれない。
 それで、起きれなくなった私に、師匠がキレてな。剣を振り上げたんだ。あ、もちろん鞘に入った刀だぞ。師匠に殺す気はなかった…と思うんだけどな。
 師匠の殺気…剣気に反応して起きれたんだ。
 その時以来、私は剣気をぶつけられないと、昼になるまで起きれない。
 まあ、全て剣心の所為だ」
「…悪く思ってるでござる」



2012.3.20./4.21.


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