東西南北 | ナノ



東西南北


冴奈は駆けた。行き先もなく駆けた。
そのため――、

「…ここはどこだ」

デジャヴ。また迷子になってしまった。取り敢えず、後先考えずに縮地を使う癖を直した方がいい。
冴奈には、今日から月岡の炊事をする重大な役目がある。食事は体を作るのだ。生活の基本を冴奈が預かるのだから、俄然やる気が入る。
周りを見渡しても、知っている物も者もいない。あるのは田畑。1週間前まで比古と共に暮らしていた山奥を少しだけ思い出す。先述したとおり、冴奈はここに来たばかりだ。知り合いは剣心達くらいしかいない。

田んぼと畑、そして森。少し離れた所に家屋。人の姿も認識できる。
(あぜ)を通って人に場所を尋ねるか、と思い一歩を踏み出した。畦を通るのも1週間ぶりだが、寧ろ懐かしさを感じた。

――師匠は元気だろうか。

師匠とは、もちろん比古清十郎。冴奈は比古の制止を押し切って、東京まで来た。最後は応援してくれたようにも思えるが。
比古はもうよい年だ。あの年齢で筋肉隆々なのは素晴らしいが、そろそろ足腰が弱くなると冴奈は見ている。

――師匠、めんどくさがってご飯を作っていないのではないだろうか。生の魚にかぶりつくことはないと思うが…

冴奈は比古の姿を見て育った。比古は自信過剰で自己愛に溢れていて、自分がやりたくないことはやらない。例えば、水汲み。日に2度も3度も冴奈に命じた。"偶には師匠が行って下さい!""オレは面倒くさいからやらん"。本当にスッパリしている人だ。
だから比古がきちんとご飯を作って食べていると思えなかった。

田んぼの水の量を調節している人を見つける。今は6月下旬。ぐんぐんと稲が育つ時期だ。水が少なければ、株が減る。
冴奈はこの人に、ここはどこか、また市場はどこか尋ねることにした。




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さっきいた場所は、東京の外れらしい。大分外まで走ったものだ。
冴奈は道をきちんと聞き、東京の中心街へ戻りつつあった。縮地を使ったら道に迷う可能性が否定できないので、のんびり歩く。細い道が多いと迷ってしまう。

――ん?ここはどこだったか。

見覚えのある風景だ。日本従来の民家が並ぶ。ぼのぼのとした空間。安心するような空気が流れる。
耳を澄ませば、何やら元気な掛け声。これは剣道をやっている時の物に類似している。
その音を追って、歩いてみる。近づくにつれ、竹刀の音も聞こえ出した。
少しだけ早歩き。聞こえているのは剣道をしている音だ。気にならないわけがない。
どんどん近づく活気のある音にワクワクする。

着いた先は神谷活心流道場。先日もお世話になった場所だ。運よく知った場所に行きついた。ここからなら、市場の場所も解る。ほっとする冴奈。

――ついでに、顔を出していくか。

お世話になった人もたくさんいる。だから元気にやっていると、伝えるのも礼儀だろう。
冴奈は道場の門をくぐる。(決して神谷活心流に入門するわけではない)
竹刀剣術の音が道場から聞こえる。道場を覗いてもいいのだが、覗いたら"冴奈さん!今日も門下生(このこたち)の相手してあげてよ!!"などと言われそうだ。冴奈は晩御飯を作る役目があるので、長居できない。相手をしていると、すぐ時間が過ぎそうで怖い。
そのため、冴奈は母屋の方に足を向ける。剣心はいるだろうか、もしかしたら神谷に頼まれて買いものに行っているかもしれない。その時はその時だ。玄関から神谷家に入る。

「こんにちはー!冴奈だ。誰かいらっしゃるか!?」
「冴奈ー!?」

剣心の声が返って来た。冴奈は安心する。
トトトとあまり音を立てずに剣心がやってきた。

「どうしたでござるか?」
「近くまで来たので挨拶を、と」
「そうでござるか。立ち話も何だから、入るでござる」

冴奈は剣心に招かれる。
草履を揃えて、脱ぐ。

「流石でござる。剣路は草履を揃えられんよ」
「教育がなってないんじゃないか?所々甘ちゃんだろう」
「ハハハ。耳に痛い」
「成長すれば大きくなるんだろうが…
 あ、そうだ。袴ありがとうな、使い心地がいい」
「それはよかった。それは使いすぎて、紐が切れていたんでござる」
「ああ。薫に予備の物を貰った。…橙色だったが」
「似合ってるでござる」
「…ありがとう」

客間に到着する。

「お茶を準備してくる」
「遠慮す」

グゥゥウ

「…お腹が空いてるのか?」
「いや…」

月岡から貰った兵糧の栄養が切れたのだろうか。東京郊外まで縮地で行き、ここまで歩いて帰って来た。兵糧でも栄養を賄えきれなかったのかもしれない。
冴奈は気にせず座布団に座り、剣心と会話を続けようとする。剣心も納得がいかないながら、席に着く。

「それより!聞いてくれ」
「どうしたでござる?」
「月岡殿から毎食準備をするように頼まれた!」
「ほう」
「この3日、用心棒と言っても、情報屋と月岡殿の受け渡しをするだけだったからな。新しい仕事が増えたんだ」

剣心は、料理を作るのも用心棒の仕事ではない、と思ったが言わないことにした。こんなに興奮している冴奈は滅多に見られない。兄として、この笑顔を失ってはいけないと思う。

「今までの食事はどうしてたんだ?」
「月岡殿は兵糧丸を食べていたらしい」

グゥゥウ

「……もしかして、冴奈は何も食べてなかったでござるか?」
「…………そうだ」
「はぁ」

剣心はため息をつく。
冴奈は少しだけ、ほんの少しだけ居心地が悪い。兄にため息をつかれているのだ。悩みの種は冴奈。

「…握り飯を作ろう。それを食べていけ」
「え!」
「それと、飯に困ったら相談しろ。うちにも余裕はないが、食べさせることはできる」
「本当か!!……いや、でも...」

他人に頼ってしまうのは気が引ける、と冴奈は続けようとする。

「兄妹でござろう」

剣心は笑顔で言った。
冴奈は驚いた。"他人に"と言おうとした己が恥ずかしくなる。

「…ありがとう」
「さあ、握り飯だ。冴奈、台所はこっちだ。一緒に作るでござる」
「ああ!」




「晩飯がおむすびだなんて、珍しいわね!」
「冴奈と作ったでござる」
「お邪魔している」
「冴奈さんいらっしゃい!今日は弥彦は燕ちゃんと食事ですって」
「そうでござるか」
「弥彦もやるな」
「そうなのよ、冴奈さん。剣路、しっかり食べるのよ」
「はい、母さん」
「こっちのお浸しも旨いでござるよ」
「寄るな、くそ親父」
「剣路、親を大事にしろとあれほど言っただろう」
「まあまあ、冴奈。拙者は気にしてはござらん」
「…お前、甘過ぎるぞ」
「ハハハ…面目ない」
「そういえば、冴奈さん。用心棒の件は上手くいってるの?」
「あ、月岡殿の晩飯」
そして、冴奈は縮地で神谷家を去る。
「すみません、月岡殿おおおおおお!!!!!!」




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管理人から!

いつのまにかヒロインが勝手にお腹鳴らして迷子になって神谷宅に押し掛けるという、自由気ままな話になってました←
うちのヒロイン自由奔放過ぎる(´・ω・`)

次からは2章に入ります!


2013.1.2.


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