東西南北 | ナノ



東西南北


月岡の護衛を始めて3日。
冴奈は最大の危機に面していた。

グゥゥウ

お腹が空いたのだ。
この3日、何も食べていない。
最後に食べたのは…神谷家に泊った時の朝食だ。

グゥゥウ

月岡の用心棒。特に何も起こらない。
彼は常に己の長屋で書き物をしている。そして、たまに情報を伝えに人が来る。
その人に、暗号を問い、偽物でないかを確かめるのが仕事。

グゥゥウ

あれから、月岡は外に出ていない。
だから冴奈も外に行く必要はない。
腹が空いたとしても、月岡を置いてどこかに行くことはできない。用心棒の役目を果たせないからだ。冴奈は自分でそれを許さない。
そのため、ずっと月岡宅の前で座っているのだが。

グゥゥウ

鳴り続けるお腹。何かを食べるまで鳴るのだろう。
だが、何を食べろと言うのか。
月岡は部屋に籠っている。その安全とは言えない状況を放っておけるわけにはいかない。

グゥゥウ

冴奈は剣を握る力を強める。
少しでも他で気を紛らわせようとする。

グゥゥウ

「………」

バンッ

月岡に宛がわれている長屋の扉が開いた。月岡が出てきたのだ。
冴奈は咄嗟(とっさ)に立ちあがる。

「月岡殿!どちらに行かれるのでしょう?」
「冴奈、お前の腹の音が煩い」
「え…」
「これでも食べておけ」

月岡の手には拳サイズの丸い物がある。月岡はそれを投げる。
冴奈は難なく掴む。

「これは…」
「兵糧だ。栄養の塊だから、それでお腹も黙るだろう」
「かたじけない…」

言いたいことだけ言って、月岡は部屋に戻る。冴奈は久し振りに人と会話した気がする。

「いただきます」

一言零して、兵糧に齧りつく。月岡も3日間、これを食べて飢えを(しの)いだのだろう。
こういうものを月岡の用心棒として常備しておかねばならないのか、と冴奈は考えた。
味は…美味しいとは言えない。栄養重視、長期保存を目的としているため、水分もあまりなく…美味しくない。冴奈は何も言わずにもしゃもしゃと食べる。喉が渇く。しかしがりがりと食べ続ける。

「ふー…ごちそうさま」

手を少しだけ払い、最後の一口を飲み込む。かなり喉が渇いてしまった。しかし、冴奈は水を飲みに出かける気はない。

グゥゥウ

――まだ消化しきれてないんだ。

グゥゥウ

――食べたばかりだ。

グゥゥウ

――消化はまだか。

グゥゥウ

――………。

グゥゥウ

――そろそろ黙れ!月岡殿の執筆に影響する!!

グゥゥウガラッ


「煩いっ!!冴奈っ!!!」
「申し訳…」

月岡が出てきた。
先程とは違い、かなりイライラしている様子。扉を開けた荒々しさからも想像できる。

――腹の音の所為で月岡殿から見放されたくない!

冴奈はおろおろと立ち上がる。剣は右手で握ったままだ。
袴の裾が汚れるのを気にしている暇はない。

「…冴奈」
「…はい」

――今から宣告されるのは何だろうか。用心棒解雇ではないように…願いたい。

「飯を食べてこい!」
「…は?」
「その腹が気になって集中できん!!」
「…申し訳ない」
「あと、3食、準備してくれ」
「…と、申しますと?」

冴奈は申しつけられたことを処理できない。
月岡は少し恥ずかしそうに続けた。

「オレとお前の飯、毎食準備してくれ。調理は長屋の共用場所でできる」
「は、はい!!!」

――初めての仕事!

初仕事は料理を作ることになりそうである。
まだ京都にいた頃。比古のために毎食用意していた。しかも、比古は文句しか言わないので、彼を見返そうと努力した結果、"…うめぇ"と言わせる腕前になっていた。
超自信家の比古に褒め言葉を言わせるのだ。冴奈は少しだけ自信を持っていた。

「今、昼飯は食べた。作るのは晩御飯からたの、」
「承知致した!!今から夕餉の準備に取り掛からせて頂く!!!」

冴奈は言いたいことだけ言って、姿を消した。縮地である。
月岡はまたも取り残されたが、ため息をついて、再び執筆活動に戻った。




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