東西南北 | ナノ



東西南北


「して、冴奈」
「何だ?剣心」

他愛のない会話を3人でしていると、剣心がいきなり冴奈に向かって話題転換してきた。
瀬田は相変わらずニコニコしている。

「どうしてここに来たんだ?用がない時は近寄らないだろう」

以前まで、冴奈が来るのは、ご飯を作るのに材料が足りないから神谷道場から少々おこぼれをもらう、ご飯を作るのが面倒くさいから剣心が作った(美味しい)夕飯を分けてもらう、などと言った、ご飯に関係する用事ばかりだった。
今回もご飯をせがみに来たのだと、剣心は推理したのだった。

「今日は単純に、瀬田の案内だ」
「それを月岡津南に頼まれたのか?」
「いや。私の独自の判断だが」
「あんなに月岡殿と言っていたのに、主のことを放って道案内をしていたということか?」
「……私の失態を見て、今日は(いとま)を下さったんだ」
「失態?」
「………」
「冴奈」

冴奈は顔を下げる。
どう言えばいいのか解らなかった。月岡の友人をこの手で傷つけた。鮮血を散らした。…例え一瞬でも、殺そうと考えていた。
不殺(ころさず)を誓う剣心(あに)にどう言えと言うのか。

「人を刀でグサッとやっちゃったんですよね、冴奈さん」
「!!」

瀬田がグサッと言ってしまった。今回の事件の核心。
剣心に驚きの表情が見える。目を見開き、口もポカンと開いている。

「…人を斬ったのか?冴奈」
「……ああ。致命傷には至らなかったが、傷を…」
何故(なにゆえ)?」
「…………悪い」

冴奈は耐えきれなくなって、立ち上がる。そしてスタスタと草履を脱いだ縁側へ行く。
とても剣心には説明できない。幕末の京都を潜り抜け、幾度もの死線を越えてきた兄には。自分の甘えを暴露するなんて。

「冴奈!待つでござる!」
「冴奈さん?」

背後から剣心と瀬田の声が聞こえる。でも振りかえらない。振りかえることができないのだ。
追いかけて来られないように、サッサと草履を履く。

そして立ちあがった瞬間。

「おぉ!!?あん時の嬢ちゃん!!!?」
「は…?」

冴奈が顔を上げた時、目の前にいたのは相楽だった。肩の傷が痛々しい。この様子では、全く治療していない。放置した挙句に、白い羽織に暗い赤の染みができている。
彼女は息を止めた後、彼の名前を言った。

「さがらど」
「左之助って呼んでくれ。な?」
「…左之助、さん。どうされた?」
「嬢ちゃんこそどうしたんだ?剣心に…ん?嗚呼そういうことか」

相楽は冴奈が飛天御剣流を使うということから、剣心と関わりがあると考えたのだろう。その通りだ。
気さくに話す相楽。

「…申し訳ない。私はそろそろ月岡殿の所に帰ろうかと思う。先程は大変失礼した。今度お詫びをさせてくれ。
 それでは」
「そんな早口で言わなくても…
 おっ!剣心久し振り!」
「左之!」
「こんにちは。
 (見たことある気がするけど…誰だろう?)」

剣心と瀬田が冴奈を追って縁側に来た。
冴奈は剣心と顔を合わせづらい。そのため、駆け足で門へと向かう。

「嬢ちゃん!?」
「失礼致します、左之助さん!!じゃあな!瀬田!!」

庭を走り、門をくぐった瞬間、冴奈は縮地に切り替える。目にも映らぬ速さだ。
砂埃舞う道に、剣心が到着した。だが、冴奈の姿が見えるはずがない。瀬田もそのあとに門の外へ出る。

「あれ?冴奈さんを追いかけないんですか?」
「いや。拙者では冴奈には敵わない」
「緋村さんが?」

2人の間を砂埃が通り抜けた。

「…人を、斬った、か。人を(あや)めて気付くのでは遅い」
「……そうですね」

人を斬って。斬って。斬って。(あや)めて。(あや)めて。(あや)めて。
瀬田は剣心と対峙して、剣心の生き方を肌で感じて、やっと彼の摂理が正解ではないと気付いた。

冴奈にも、自分の生き方を考える契機(きっかけ)が必要なのかもしれない。


2012.10.6.


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