東西南北 | ナノ



東西南北


冴奈が去った後の神谷道場。
剣心と瀬田は屋敷の中に戻り、相楽と再び会話を始めた。

「剣心、あの嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「冴奈でござるか?」
「その嬢ちゃん、泣いてたぞ?剣を振ってきた時」
「冴奈が?」

瀬田は笑いながら黙って聞いている。剣心が心底心配そうな声色で、事の顛末を相楽から聞く。
相楽はいつもより真剣に話す。

「久し振りに日本(こっち)に帰って来たからよぉ。克んとこに行ったんだよ」
「月岡津南でござるな?」
「で、長屋に着いてみると、克の部屋の前に女が座ってたんだよ。物騒な言葉吐きながら!
 長屋ぶっつぶしてやろうか、とか言ってたな」
「アハハ!冴奈さんらしいですね」
「そしたらよぉ、いきなり剣を向けてきて。多分克の命を狙う(もん)だと勘違いされたんだと思うんだけどよ。飛天御剣流を使うからびっくりしたぜ」
「…もしかして、冴奈さんが剣で傷つけてしまった人って……」
「そういえば、お前誰だ?見たことある(つら)だが…」
「あ、瀬田宗次郎です。初めまして、ですよね?」
「瀬田…瀬田!!?お前あの瀬田宗次郎か!!!?志々雄の側近やってた!!!!!」

相楽が瀬田から距離を取る。かなり警戒している。腰を落とし、どんな攻撃にも対応できるようにする。
一方で瀬田はヘラヘラと笑う。

「宗次郎、左之もあの時…六連ねの祠での決戦の時にいたでござる。覚えてないか?」
「うーん…。緋村さんと斎藤さんと、四乃森さんと。あと…」
「オレ!!!相楽左之助!!!!
 オレもいただろっ!!!」
「ほら、京都大火の時の軍艦を爆破したのも左之だ」
「ああ!あの人ですね!!志々雄さんが相当キレてました!」

相楽は未だに警戒する。敵方の事実上NO.2であったのだから、当然だ。

「左之、宗次郎はもう敵意はない。刀も持ってないだろう。大丈夫でござる」
「……そうらしいな」

瀬田をジロジロ見た後、あまり納得していなさそうだが言葉を述べる。
一方で剣心は少し遠くを見つめる。澄んだ青空が広がる。

「(夢を、諦めなければいいが…)」

そして、相楽はニコニコしている瀬田を再び一瞥した。あの5年前のことを思い出す。剣心と瀬田の戦い。瀬田の速さを見て、瀬田の迷いを見た。
それはまるで……

「(今の嬢ちゃんみたいだ)」



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ゆっくり速度を下げた。冴奈の姿を一般人でも見ることができるようになる。
彼女の表情は暗いまま、伏せられている。髪の毛が風に(なび)く。

――考えが甘かった。

人に剣を向けることに、重い意味を感じていなかった。実際は、命のやり取り。
軽い覚悟のもと、剣を振りまわしていい訳ではない。

背中の袋に入れられた剣に触る。師匠から貰った物。比古は最後までぶっきらぼうだったが、確かに愛は感じていた。拾われた時からずっと。
師に教わるまま、兄が行うまま、剣を、飛天御剣流を学んできた。
御剣流の理を聞いた時から、理を体現できるような人間になりたい、剣士になりたい、と思ってきた。だから、比古のもとを離れ、自分の信じる道に身を投じた。

だが、この現実はなんだ?

理を果たすための道は、剣の道にしかない。だから剣を振るう。
弱き人々を守る道は、剣の道にしかない。だから剣を振るわねばならない。

自らが進むと決めた道だ。剣の道。不器用な冴奈にはそれしかできない。
初めて見つけた。自分でも飛天御剣流が体現できる道。月岡津南を守り、間接的に強き者に虐げられる弱き人々を守る道。

――「人を斬らなければいいんです」

これも剣の道。

――「己が強ければ強い程、守れる人は増えるんじゃないかって。自分だけを守るんじゃなくて、もっと多くの人を。人を斬らなくたって、大切な誰かを守れる。そんな強さが緋村さんに…あるんですよ、きっと」

背中から竹刀袋を手元に持ってくる。ずっしりとした重み。
冴奈には剣しかない。それは解っている。
だが、強い程…肉体面でも、精神面でも、強い程、守れる人は増える。この刀で守る。

守りたいから強くなる。


――もう、考えるのは止めにしよう。



2012.10.9./..25


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