東西南北 | ナノ



東西南北


「…人を斬らない?」
「そうです。見たところ、冴奈さんも結構な腕前…ですよね?できますよ、人を斬らないことくらい」
「……お前は剣を持っていないよな?どこかに捨ててきたのか?」
「いえ。…緋村さんに粉々にされました、僕の菊一文字則宗(かたな)
「剣心と戦闘経験があるのか!?」

驚いた。
剣心は1年ほど前に剣を弥彦に託した。ということは、その前に瀬田は剣心と剣を交えたということだ。

「緋村さんは、強いですね。…僕なんか勝ち目がなかったんです」
「……私は今でも剣心には勝てないよ。剣術でも精神面でも」
「だから、思うんです。己が強ければ強い程、守れる人は増えるんじゃないかって。自分だけを守るんじゃなくて、もっと多くの人を。人を斬らなくたって、大切な誰かを守れる。
 そんな強さが緋村さんに…あるんですよ、きっと」

それが瀬田が今まで探してきた答えだろうか。落ちつき払った声で、いつもの笑顔は顔を(ひそ)める。
しかし彼の横顔は晴れ渡っている。

「っていうのを、今から確かめに行くんです」

瀬田が笑顔に戻る。さっきの暗い雰囲気はない。
冴奈は合点がいった。彼は緋村剣心に逢うために、神谷道場へ行くのだ。自分の答えに確信を持つために。更なる答えを探すために。

「…そうか」

彼らは歩みを進める。
目的地は変わらない。

「でも大丈夫ですかね?そういえば、僕、何も手土産持ってないんですけど」
「問題ないだろ。剣心はお前が来てくれるだけで、喜ぶはず」
「本当ですか?相楽さん辺りに、土産要求されそうだなぁ」
「…相楽?」

――はて、どこかで聞いたことがあるぞ。

「あ、じゃあ土産話持ってきたってことで!蝦夷のことを喋ります」
「それがいいな」
「何がいいかなぁ…。うーん、…冬に漁に出て、沖に流されて、露西亜(ろしあ)の人に助けられたとか」
露西亜(ろしあ)?」
「はい。蝦夷地よりも寒いところにある国です。そこの人達は目が青いんです」
「目が青いって…目が?」

冴奈は想像する。
眼球が真っ青な異人はとても悪そうな顔をしている。とても近寄り難い。鬼のような形相だ。

「違いますよ!?瞳が青色なんです。ほら、僕たちは黒色とかでしょう?あっちの人は、黒色が全くないんです」
「ああ、そういうことか……」

冴奈は正しく想像する。
青い瞳の異人はこちらをじっと見つめている。…じっとこちらを見つめている。穴が開くほどに。

「……露西亜(ろしあ)人、怖いな」
「え?」

何が怖いのか解らないという風に瀬田は笑っている。頭の上に疑問符が飛び交う。
彼らが出逢って半刻ほど。瀬田は冴奈がどういう人なのか解らなくなった。さっきまで剣の道について悩んでいたはずだ。ところが、今は少しすっきりした顔で、何かに恐怖している。
何か、というのは、冴奈自身が勝手に想像して、勝手に恐怖している露西亜(ろしあ)人のことだ。

「うん、私は日本で暮らすよ。外国に行くなんて無理だな、うん……」
「でも露西亜(ろしあ)楽しかったですよ。とても寒くて、冬は港が凍るんです。だから漁には出れなくて、"お前たち助かってよかったな"って言われました。それで、春になって港の氷が溶けた後に、蝦夷地に送ってもらったんです。…あ、そこの言語は全く解らないんですけど、通訳してくれた人がいたんです」
「言語って国ごとに違うんだったな、確か。月岡殿も(おっしゃ)られていた」
「何を言ってるのか解りませんでした。世界って広いんだなーって思いましたよ。服はもこもこですし」
「もこもこ…綿入れ(どてら)みたいなものか?」

綿入れ(どてら)とは、長袖で綿が入った着物である。ちゃんちゃんこと似ている。科学が進んでいないこの時代の日本では、重要な防寒具だった。

「いえ、違うんです。綿が直接外に出ている感じで…あ、説明するの難しいなぁ……」
「へぇ。日本から出たくはないが、興味はあるな」
「蝦夷地に行ったら見れるかもしれませんよ」
「冬は港が凍るから行けないんだったな。夏に蝦夷に行ってみようか」
「丁度今じゃないですか!僕、知ってる範囲で案内しますよ」
「あ、でも、月岡殿の警護が…。月岡殿が取材で蝦夷地に行くか、私が剣を振れないようになってからだな」
「そうですか…残念です」

笑顔ながらも、眉を下げる。瀬田の声色(こわいろ)も微かに暗くなる。

「見えたぞ」
「え?」
「あれが神谷道場だ」

冴奈が前方を指さした。


2012.8.13.


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