東西南北 瀬田の今までの旅路について話を聞きながら、神谷道場へ進む2人。 「へぇ、蝦夷地にいたのか」 「はい。寒い所でした。蝦夷に2年くらいいたのかなぁ」 「雪とか当り前なのか?」 「そうですね。あんまり秋とかがなかったので、夏が終わったら冬って感じでしたね。京都の紅葉が懐かしかったです」 「紅葉か。あと1ヶ月もしたら紅葉の季節だな」 「秋、いいですよね。ご飯も美味しいし、秋刀魚も美味しいです」 「食べ物のことばっかだな、お前」 「え?そうですか?」 焦ったように笑う瀬田。笑いは崩さない。 感情が読みにくい。冴奈は比古よりも感情が解りにくい人間と会話したことがなかった。 「私も秋刀魚は好きだ。山奥に住んでたから、海の魚は中々食べられなかったんだが…大根のおろしと醤油が絶妙に合うな」 「 「ああ、今晩は魚が食べたくなってきた」 「まだ秋刀魚は旬じゃないですよねー。残念です」 ニコニコ笑う瀬田。笑いは崩れない。 楽しんでいるような雰囲気は伝わるが、それに確信は持てない。 「今の旬は何だ?」 「今ですか?うーん…。 「じゃあ 「晩御飯の献立が決まりましたね」 「ああ。毎日困ってるんだ。同じようなおかずでは月岡殿が飽きてしまうだろうし…」 目元の角度が少し平坦になるが笑い続ける瀬田。笑いは崩されない。 少し空気が変わる。鋭い。 「月岡って誰ですか?」 「私がお仕えしている新聞を書いている物書きだ。 空気が柔らかくなる。 「成程…。だから帯剣してるんですね」 「そうだ。これは師匠から頂いた。……さっき血に塗らしてしまったがな」 「殺したんですか?」 サラッと吐かれたこの言葉。 冴奈は言葉に詰まる。殺してない、殺してなど。 「…殺してないよ。ただ肉を少し斬っただけ」 「人を殺していい気なんてしませんよね」 彼は笑顔である。だが、それは、人を殺したことがあるという雰囲気を 瀬田と対照的に、冴奈の顔は暗くなる。 「……多分、私は人を斬れない。あの感覚、」 手が震える。顔から血が抜けて行くのが解る。 見つめている指先に、鮮血が散る。ピシャッ。頬にも付着する。 前に目線を向けると、人が2人。顔は見えない。 左は赤髪。剣を振りまわしている。右は間一髪で赤髪の攻撃をかわす。 逃げなければ。 足が 右が体から液体を吹き出し、倒れる。ドサッ。ドクドクと人だった体から赤い物が流れて行く。 左の赤髪がこちらを向く。瞳に反射する光が恐怖を湧きたてる。 逃げなければ。 足の力が抜け、体が言うことを聞かない。 ああ。ああ…。ああ……。 「冴奈さん!」 体を揺さぶられ、一気に我に返った。 ここは明治。帯剣が許されなくなった時代。 剣を振りまわしている者はいない。目の前には瀬田だけだ。 「大丈夫ですか?急に動きを止めて、驚きました」 「え…悪い」 「そんなに思いつめてるんですか?人を斬ったこと」 「……そうだな」 殺してはない。でも剣で人を斬り、傷つけたことは事実。 「なら、簡単ですよ。冴奈さん」 「は?」 「人を斬らなければいいんです」 2012.8.5. [←] [→] [back] [TOP]
×
|