東西南北 | ナノ



東西南北


相楽左之助と名乗る、粋な男は"別の嬢ちゃん"の所へ行ってしまった。もちろん肩の傷の手当てなしだ。彼は結局冴奈の治療…といっても包帯を巻くだけだが、それさえも断った。
月岡はそれを見て、はあと溜息をした。

「どうされた?月岡殿」
「昔からあいつはああいう男だったが、更に自由な男になったなと思って」
「昔からですか」
「自分に正直というかな。
 冴奈もあいつの怪我は気にしなくていい。左之は異常に打たれ強いからな」
「そうですか…」

鮮明に思い出す肉を斬る感覚。一生忘れそうにない。
これを御剣流の理を果たすために、これから、これからもずっと、続けていかなければならない。

「…冴奈、大丈夫か?」
「え?…問題ありませんよ、月岡殿」
「今日はもういい。後はずっと新聞を書くだけだから。休んでこい」
「え、ですが」
「解ったな?今日は休みだ。家でじっとしとけ」
「…はい。ありがとうございます」

月岡は長屋の中に入る。彼は冴奈の顔色が悪かったため、休ませたのだ。
冴奈は月岡の背中を見ながら申し訳なく思った。

「…ああ、何てザマだ」

月岡を守り、弱き人々を守る。そう決めて比古の元を離れて1ヶ月。
全く成果を出せていない。(むし)ろ、相楽との戦闘で思い知った。冴奈にはできない。守るなんて大逸れたこと。

覚悟が、足りないのだ。

人を傷つけて、他のものを守る。
剣術はそういうものじゃないか。だから比古も"剣は凶器。剣術は殺人術。どんな綺麗事やお題目を並べてもそれが真実。"と言うのだ。
昔から比古が言うからそのことは知っていたはずなのに。

しかし冴奈は何も、本当に何も理解できていなかった。

彼女はふらりと歩き出した。初めて人を傷つけた場所に長居したくなかった。
逃げるように月岡の長屋から去る。





何のために力を使う?

――飛天御剣流の理を体現したいから。

その理とは何だ?

――御剣の剣、即ち、時代時代の苦難から弱き人々を守ること。

弱き人々とは誰だ?

――権力を握る者から何も知らされず、貧しい暮らしをしている人々。

守るために何をする?

――御剣流を使って、圧政者の魔の手を斬り落とす。





そうだ。
守るためだ。
剣はどうあがいても、人を傷つける道具である。それを持つ冴奈には人を傷つけることしかできないのだ。

――「剣は凶器。剣術は殺人術。どんな綺麗事やお題目を並べてもそれが真実」

比古の言葉が反芻(はんすう)される。
冴奈が考えているのは綺麗事だ。守るため、と言ってもそれは変わらない。

冴奈の中で思考がぐるぐると回る。
歩いているうちに、彼女は河川敷を歩いていた。子供が川岸ではしゃいでいるのが見える。
冴奈は橋の上へ出て、手すりに体重をかけた。
子供達はきゃいきゃい遊んでいる。楽しむことしか考えていないような幸せそうな笑顔だった。

「………」

自然と溜息が零れる。
己の手を見つめる。人を傷つけた、手。

自分の物ではない血液が掌に見える。

「っ!!」

それは幻覚だ。実際に手に赤い血液が付いているわけではない。
眩暈(めまい)がする。

――違う違う違う!!!!

私は殺してなんか…
殺して、なんか…

――月岡に止められるまで、剣を収められなかった私が何を言う?

月岡によって止められなかったら、さらに相楽を傷つけていた。
最悪の場合……。冴奈は今更になって体が震える。

右肩に提げている刀に、布越しで触れる。
硬い感覚が伝わる。


「真剣背負(しょ)って、飛び降りちゃうんですか?」




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管理人から!

1ヶ月津南の護衛をして、倦怠期みたいな?
4月にやる気だして5月に全てがどうでもよくなる、五月病みたいな!←
僕の五月病は6月頃に訪れます←え

2012.5.26.


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