「なーんかキナ臭いんだよネ。知ってることない?」
休日。真昼の繁華街で暇を潰していたカカシは偶然梔子に会った。
そして開口一番に、そう言った。
首をかしげた梔子は、畳んだまま持っていた蛇の目の傘をくるんと回す。
「…なんです?藪から棒に」
「ん?ンー…」
カカシの前にいるのは『カッコウ鳥』などと称される騙しの達人だ。
カカシは鼻まで隠す覆面に覆われた顎を擦りながら、梔子をじっと見据えた。
「うーん…、居心地の悪い視線だなァ。言っときますけど、カカシさんが貰った匿名ラブレターの差出人は俺じゃないですよ。…確か『私は男だけれどそれでも君を愛してる』でしたっけ?男性からラブレターを貰うなんて、カカシさんも罪な人ですねー」
「え、なんで知ってんの!?」
「情報通なもので」
さらりと言ってのけた少年に、カカシはこめかみを押さえた。
梔子は人のよさそうな笑みで、そんなカカシを眺めている。
「男からラブレター貰っても嬉しくないらね…」
「人の好意は素直に受け取りましょうよ」
うんざりとした口調のカカシに対して梔子は明らかに楽しんでいる。
「じゃあ何?お前は男からのラブレターでも嬉しいと思うわけ?」
カカシが苦虫を噛み潰したような気持ちで問うと、梔子は演技がかった調子で朗らかに答えた。
「もちろん!嬉しすぎてそんな世迷い言を吐く野郎はすぐに見つけ出して、どうにかしてやりますよ、ハハッ」
「…なにこの子怖い」
「因みに、具体的にどうするかを説明させていただきますとですね。先ず……」
「あ、いいよ。聞かないでおく」
カカシは丁重にお断りしてから、ポリポリと頭をかいた。
……聞き出したいことがある。
正確には探りを入れたい事柄がある、なのだが、どうもうまくいった試しがない。いつの間にか煙に巻かれて終わりだ。
出会い頭に『キナ臭い』などと言ってその言葉に対する反応を窺ってみたが、カカシの目から見ても梔子は自然体だった。
無防備な状態で核心をつかれれば、どんなに訓練を受けた忍でも動揺するというものだが。
「…せっかく久々にこんな所でばったり会ったんだから、ちょっと真面目なお話ししようか」
鎌をかけても無意味ならと、カカシは正攻法に打って出た。
「…真面目な?ああ、火の国のインフラ事情についてとかですかね?」
「あのさァ…。お前の真面目はちっとズレとるのォ…」
国のインフラも大事だが、それは忍が気にしても仕方がない。
「うーんそうだなァ…。じゃあもしかしてもしかすると、カカシさんはダンゾウ様が何か企んでいるとお思いで?」
梔子が指を立てながらとぼけて言う。
虚をつかれたカカシは布に隠れていない方の眼を見開いた。
「ンー?なんでダンゾウ様が出てくるのさ」
「なんでって、カカシさんが俺を探ろうとする時は決まってダンゾウ様が絡んでるかも?って時じゃないですか」
「俺がいつお前に探りを入れたよ」
「えーと…今も含めると、記憶してるだけでも5回はありますね」
「……」
何気に全て悟られている。
然り気無さを装っていたつもりだったが、無駄な努力に終わっていた。
カカシは舌打ちしたい気持ちを押し殺して、両手を上げた。
つまり、お手上げということだ。
「じゃあもう単刀直入に聞くよ。最近何となく不穏な空気が漂ってる気がするんだけど、ダンゾウ様が何か企んでたりしない?」
「んー…さあ?俺にはわかりかねますね。別にダンゾウ様の部下ってわけでもないし、そもそも何を企むって言うんですか」
梔子が大袈裟に肩を竦める。
こいつ…と思ったが、カカシは口に出さなかった。
「…そりゃお前、色々あるでしょ」
「そんなこと言って…。不敬罪で暗殺されてもしりませんよ、俺」
「おー怖い怖い。ま、やれるもんならやってみろ」
暗殺云々の冗談は笑えないが、カカシはおどけて見せた。
梔子は「またそんなこと言って…」と呆れたように呟く。
――その様子を見ただけなら、梔子はどこにでもいるような普通の少年だ。
人好きのする笑顔と母親似らしいかんばせが重なると、途端に愛嬌が滲み出る。
それに加え、難なく人の輪に溶け込む方法を心得ている。梔子が若くして暗部に抜擢されたのは、おそらく、その能力を買われてだ。
いつも笑顔で、人の機微に敏感で、つまらない陰口を叩くこともない。会話をすれば話は弾む。皮肉を言ったり人をおちょくるのも悪ふざけのうち。
カカシも、出会った当初は随分と気のいい奴がいたもんだ、と思っていた。
……それが不審に変わったのはいつ頃からだったのか。
梔子の言葉はどこか空々しい。そう思うことが多々あった。
なかなか本心を明かさない奴だと感じた。
まるで他人事のような台詞が多かった。
いつの間にかその場に溶け込み、いつの間にか何処かへ消えていた。
そんな些細なことの積み重ね。
しかしそれこそが、不審を煽る原因だったのかもしれない。
カカシの眼には梔子がする時折の仕種が、奇妙な舞台観客を演じているように映っていた。
軽口を叩きあう程度には気心の知れた仲間なのに、同じ舞台には立っていない。そう感じさせるところが、信用や信頼を躊躇わせる。
「あれ?カカシ先輩じゃないですか!」
親しげな声が上から降ってきた。
仰ぎ見れば、忍服に身を包んだ男が軒上からこちらを覗き混んでいる。
「…テンゾウ」
カカシの後輩だった。
猫のような眼を細めて微笑んでいる。
服装からして任務帰りだろうか。
梔子は蛇の目の傘をトンと地面につけた。
「……じゃあカカシさん。俺はこの辺で」
梔子はするすると滑るように、カカシの隣を通り抜ける。
「…そうか。またな」
今日はこの辺が潮時だと察したカカシは、引き留めることなく梔子の背を見送った。
「カカシ先輩。今のって…」
カカシの隣に軽やかに着地したテンゾウが、梔子の背を見て小首をかしげる。
「あいつは梔子だ。久々里家の三男って言った方がわかりやすいか?」
「久々里?…ああ!」
テンゾウが閃き顔でポンと掌を打つ。
「彼がカッコウ鳥かァ。何を話してたんです?て言うか、先輩って面識あったんですね」
「まーね。たまーにだけど、任務で組むこともあるし」
「へー。で、なにを話してたんですか?なんか和気あいあいって感じじゃなかったですよ」
「ンー…そりゃ、特に仲良しってわけでもないしね。別に悪くもないけど」
「へー。で、なにを…」
「くどいぞ」
カカシはテンゾウの追及をピシャリと撥ね付けた。
撥ね付けられた方はきょとんとする。
「えー…言えないようなことなんですか?」
なにかを勘ぐるような視線がカカシに向けられた。
「いや、そーじゃないけどさ。俺の思い過ごしかもしれないし…」
確証の無いものをペラペラと喋るわけにはいかない。カカシはため息混じりに言う。
「久々里家…というか、梔子の親なんだけどさ…」
「?」
「ダンゾウ様の腹心だったじゃない?」
ダンゾウの名前に、テンゾウは控えめに顔をしかめる。
あからさまな鷹派であるダンゾウの評判の悪さはここでも根強いようだ。
「ああ、そうらしいですね。…いやでも、息子の彼は違うでしょう」
そう言ってテンゾウは梔子が去って行った方を見た。そこにはもう誰もいない。
「ま、そういうことにはなってるけどね」
「……まさか疑ってるんですか?彼がダンゾウ様と通じてるかもしれないって」
テンゾウは困ったように尋ねた。
カカシが本気でそう疑っているなら、テンゾウは否定できない。
カカシの鼻の良さは火影のお墨付きだ。
……となると、これは後々面倒なことになるのではないだろうか。と、テンゾウは思った。
梔子は暗部として、火影の配下に収まっている。
それが火影と対立的なダンゾウとも繋がっているのだとしたら…。
「穏やかじゃないですよ…それ…」
テンゾウの顔がひきつる。
「いやいや、本気にするなって…。……でも、疑わしきは罰せずって感じだな…」
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