夕暮れ。
茜色に染まる空とは反対に、森の中は灰色に沈んでいた。
ひんやりと湿った空気が地面から這い上がり、素肌の温度をゆっくりと奪うようだった。
シカマルは大きな岩に背中を預けながら、少し先で魚を取る事に躍起になっているチョウジと、収穫物の焼き加減を見るイノの後ろ姿を眺めていた。
周囲への警戒以外にやる事のないシカマルは欠伸を噛み殺しながら、今日はこのままここで夜を明かすことになるだろうと思ったていた。


「夕飯は魚か?」


背後から内緒話をするような距離で囁かれたシカマルは、慌てて距離を取った。
声の主はアゼルだった。


「よう奈良屋。うちの馬鹿2人を見なかったか?」


その発言でアゼルが仲間と逸れたことを察したシカマルは、ゴクリと生唾を飲み込んでから答えた。


「いいや、見てないぜ」

「そうか、邪魔したな」


シカマルの返答を聞いて、アゼルはあっさりと踵を返して行った。
要件は本当にそれだけだったらしい。


「チョウジー!シカマルー!そろそろいい感じよに焼けるわよ!」


焚き火の前でイノが明るい声を出している。
呆れるほど呑気な声だ。今の来訪者には全く気づいていなかった。
それが良かったのか悪かったのか。
シカマルは肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出した。

イノのもとに集まると、枝に刺された川魚を手渡された。
チョウジは待ちきれない様子で、濡れた手足を拭もせず、香ばしく焼けた魚をガツガツと食べ始めた。
イノも焼き加減を自画自賛しながら、少し小ぶりな魚を美味そうに頬張った。
シカマルは、手元の魚を黙って見つめてから、いつもより重く感じる顎を動かした。
食欲はすっかり失せていた。
しかし後の事を考えると、食べないわけにはいかない。
砂を噛んでいるような心地で、なんとか1匹食べ終えた。


「飯、食ったら移動しよう」


4匹目を平らげているチョウジを一瞥し、シカマルはそう提案した。


「えー、あそこまだ魚いるよ」


チョウジは食い足りない様子で川を見た。
ここで夜を明かすつもりでいたイノは、怪訝な顔をシカマルに向けた。


「何かあったの?」

「いや別に・・・風が出てきたからよ。魚の臭いを辿られて、敵が寄って来たらメンドクセーだろ」

「魚は横取りさせないよ!」

「この場合取られるのは巻き物でしょ!」


頓珍漢なチョウジにチョップを入れたイノの長い髪が、風に巻き上げられて散らばった。
木の枝がザワザワと音を立て始める。


「本当に風が出てきたわね。シカマルの言う通り、敵に嗅ぎつけられたら困るわ。移動しましょう」


イノの同意を得られれば決定したもの同然だ。
シカマルは悟られないようにホッと息をついた。

もし風向きが変われば、能天気な2人も流石に気づくだろう。
あのねっとりとした悪臭に。
そうなれば説明しなければならない。
先ほどシカマルが見て、感じた事を。










「夕飯は魚か?」


そう問うたアゼルは血に濡れていた。
一番ひどいのは両の手にはめられたスウェード生地の手袋だった。
血でずぶ濡れとでも言えばいいのか、触れるもの全てを赤黒く汚しているような、そんな有様だった。
返り血である事は一目でわかった。
誰の血なのかも、同時に知ることができた。
アゼルの背後、数メートル先の大木の枝に、他里の忍であろう3人が逆さに吊られていた。
3人とも腕が無く、首が無く、上半身は裸で、無残な姿を晒していた。
足と胴体が棒のように微かに揺れている。
すでに体中の血が流れ出た後なのだろう。皮膚は蝋のように白く、首の切り口からは1、2滴のしずくが滴る程度だ。
死体の背中側しか見えないシカマルには詳細を知る事はできないが、腹の辺りからも大量に出血した痕跡が見受けられる。
当然の事であるが、地面には黒い血溜まりが出来ており、さらにその中心では血塗れの臓物がとぐろを巻いていた。
認識した途端、酷い臭気が鼻をつく。
例えるなら血の滴る生肉と糞尿をミキサーにかけたような臭いだ。
いつまでも嗅いでいられない。
何故こんな事を。いつの間に。殺しに抵抗はないのか。拷問趣味でもあるのか。そんな疑問が頭を巡るが、目の前の人物にそれを問う勇気は絞り出せない。
吊られた3人の死因は何だったのか、死体の正面がどうなっているのか、考えたくもない。

もともと、ヤバイ奴らだとは思っていた。
シャチもペンギンも。そしてあの2人を束ねるこのアゼルも。
漠然とした掴み所のない感覚だったものが、五感を通して現実味を帯びる。
恐怖と嫌悪とも言える情動が胸の内をぐるぐると回って、不快感とも不安感とも言える感情が今もシカマルを苛んでいる。
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