「よう、砂漠屋。お前何人殺した?」


雨隠れの忍が呆気なく血の雨を降らせ、キバたちが逃げ出そうとした時。聞き覚えのある声に思わず振り返ってしまった。
その先には無残な死体を挟んで我愛羅と対峙する、身の丈ほどもある大刀を携えた少女が立っていた。
始めからそこにいたような佇まいだが、声を聞くまで気配も音も臭いもなかった。

キバは目を見開いた。
それは間違いなく同期のアゼルだった。


「お前も殺されに来たのか」


対する我愛羅は表情筋ひとつ動かさず淡々と答える。
だがその幼さの残る体からは、地の底から湧き上がる冷気のような殺気がゆっくりと滲み出ていた。

逃げる足を止めてしまったキバとヒナタ、シノは、再び茂みに身を隠した。
アゼルの登場で我愛羅のまとう空気はより一層不気味に、一層凶々しくなっていた。
キバは自分たちがわずかでも動けばあの生臭い砂の餌食になるような気がして、震える赤丸を抱えたまま緊張のあまり生唾を飲み込んだ。
それと同時に、あの馬鹿女が!と溢れそうになる悪態も何とか飲み下した。


「ふふ・・・面白ェもん見せてもらったよ」


潰れた死体に視線を移したアゼルは、我愛羅の問いかけには答えず平時のようにニヤリと笑った。

キバはアゼルの正気を疑った。
本気ならあいつは我愛羅と同じように頭のネジがトんでいる。
そんな人間が同じ学び舎にいたとは思いたくなかった。


「この状況で俺たちに喧嘩売ろうってのか?命は大事にした方がいいじゃん」


カンクロウが警戒しつつも一歩前に出た。
仲間の作った惨状に辟易し、何とか戦闘を回避しようと無理やり口を挟んだようだった。


「ああ勿論大事にしてるさ。特に、ハートはな・・・」


アゼルは薄ら笑いを止めないまま一歩前に踏み出した。


「おい!こっちに来るな、さっさと失せろ!」


黙っていたテマリが慌てて臨戦態勢に入る。
テマリの目には、横でおとなしく佇む我愛羅も死体の先にいる女も同じくらい不気味に映っていた。


「私に命令するな」


アゼルは歩みを止めないばかりか、粗暴な口調のテマリをキッと睨んだ。
それに気圧されたテマリは僅かに肩を跳ねさせた。

キバはアゼルが殺されると思った。
アゼルの実力は定かではないが、人間を殺すことにほんのひとときの躊躇もない我愛羅に勝てるとは思えなかった。

アゼルの足が死体を包むように広がった砂に触れた瞬間、我愛羅の攻撃は始まった。

砂は蛇の如くうねり、渦を巻き、瞬く間にアゼルの身体を包んだ。
我愛羅が掌で空を握るのと同時に、砂はアゼルを中心として圧縮を始める。
この場にいる誰もが、雨隠れの忍が辿った末路を思い起こしていた。

しかし。

一呼吸待てども、滴る血も降り注ぐ臓物もない。
そこには砂の塊が何かのオブジェのように浮いているばかりだった。


「警戒を怠るな。大事なモンを奪われるぞ」


言葉を発するより一瞬早く振りかぶられた鞘の先が、カンクロウの頭を横打する。
カンクロウは膝をつく。意識は保っているが、呂律の回らない口で何事かを呻く。暫くは立つ事もままならないだろう。


「い、いつの間に!」


気配もなく、空気の揺れもなく、気づけば背後に回り込まれていた。
あの我愛羅ですら目を見開いている。
テマリは動揺し、それが一瞬の隙を生んだ。アゼルはそれに目敏く付け入った。
音もなく抜刀された刃がテマリの首筋にひたりと触れる。
瞬き一つのうちに目の前に現れたアゼルは、テマリに向かって残忍な笑みを向けた。


「ま、待て。巻き物ならくれてやる・・・!」


我愛羅が実の姉である自分を助けないことは分かっていた。
テマリは矜持を捨てて両手を上げる。それはプライドの高いテマリに取っては屈辱的なことだった。

しかし、アゼルの灰青色の眼を見て悟る。


「いらねぇな。もう揃ってる」


アゼルが刀で肉を割く事と、幼子が虫の羽を毟る事は同じだ。
ただそこに虫がいて何となく気が向いたからそうするように、理由はなく、罪悪感もない。

アゼルの応える声が遠くに聞こえた。代わりに死の気配が近づいてくる。
頬を撫でる暖かい涙のあとが急速に冷え込むように、テマリの身体は手足の先から熱を失っていった。

しかしどうしたことか。
アゼルは後ろに引き下がりながら刀をゆっくりと横に薙いだ。
テマリの首に触れない距離で通り過ぎた刃先は、木漏れ日に触れて鈍く輝いた。
それを呆然と見送ったテマリは、一瞬遅れて馬鹿にされている事に気づく。
頭に血が昇るのと死ななかった安心感とで、口を開いたが言葉は出てこなかった。


「おい、動くなよ」


アゼルはさっさと刀を鞘に収め、今度は我愛羅に視線を向けた。
もうお前に興味はない。横顔がそう語っていた。


「ふざッ、ふざけるなよ!!」


捨てたはずの矜持が戻ってきた。
テマリは最後の忠告を無視して攻撃態勢に入る。
巨大な扇子を開いて技を繰り出そうと熱り立った。

そして、ふと、浮遊感。世界が反転した。

背の高い木々とその先の青空。それが視界いっぱいに広がったと思えば急速に遠のいた。
その後すぐに後頭部へ衝撃が伝わる。
同時に湿った土の臭いと冷たい地面の感触。そして傍に立ち尽くす足。
視線だけ泳がせると、その足は己の身体へと繋がっている。
肩から上には不自然な空白がある。身体が力をなくして倒れ込む光景を眺めながら、テマリの意識は木々の合間の暗闇に飲み込まれていった。


「テマリッ・・・!!」


ようやく身体の自由を取り戻したカンクロウがその光景を目の当たりにして声を上ずらせた。

ずっと眺めていたキバは意味が分からず視線でヒナタに説明を求める。
しかしヒナタは口の前で両手を握りしめ、身体を小刻みに震わせていた。
とても白眼を使える状態ではなく、キバは思わず舌打ちする。
これ以上の長居は危険だ。しかし今動くのも危険だ。
我愛羅に見つかれば死は免れない。
しかしアゼルに見つかっても弄ばれて殺されるような気がした。
怖いもの見たさでやって来た少し前の己を恥じても、もう取り返しはつかない。


「殺してやる・・・」


我愛羅が囁いた。
ここに至って初めて我愛羅の顔に明確な感情が浮かぶ。
喜悦だ。


「殺してやる・・・引き裂いてやる・・・八つ裂きにしやる・・・殺してやる・・・」


我愛羅は犬歯をむき出すように口を広げた。
とても笑みとは思えない。しかし確かに笑っていた。


「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」


対するアゼルも、平時の如き笑みを崩さない。
その異様な光景はいつも勝気なキバを竦ませるには十分だった。

 × 
6 / 8
BACK
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -