その日、ドンキホーテファミリーに戦慄が走った。

目の前の光景に幹部の誰もが自分の頭を疑った。
突如として現れた少女に、ドフラミンゴが殺されかけている。
その少女はうつ伏せに倒れるドフラミンゴの頭に足を乗せ、首元にナイフを当てがいながら淡く微笑んでいた。
絶対的優越者が浮かべるそれに近い、ゾッとするような笑みだ。
常時ならばすぐに助けに行くのだが、今日に限ってそうする者は一人もいない。
幹部たちは獣のような本能で悟っていた。・・・この少女には勝てない。指一本動かしてはいけない。確実に皆殺しにされる。
絶対的な強者を前にして弱者にできることは、ただ静かにひれ伏し、路傍の石となって迫り来る絶望をやり過ごすことだけだ。その先にあるどうあがいても絶望の未来に蓋をして。

さすがのドフラミンゴも己の死期を悟った。
自分をねじ伏せた少女の息遣いがあまりにも静かすぎる。人を殺すという行為に何の感情も抱いていない。あるのは機械のような冷徹さだ。
付け入る隙がまるでない。
ドフラミンゴの手には海楼石の鎖が巻かれており、彼自身は手も足も出せない。
頼れるはずの幹部たちも、この少女の覇気に当てられて動けないでいる。
自ら何か手を打たなければ、絶体絶命である。そう思い、ドフラミンゴは口を開いた。その直後、

「なななななな何をしているんだヤマブキ氏ぃぃぃぃぃ!!!」

緊張感のかけらもない悲鳴が響き渡った 。





今起きたことをありのまま話すぜ!
神様に課せられた任務によってコラさんを助けなければならなくなった私は、ヤマブキ氏に引っ張られるままドフラミンゴの船に乗り込んでいた。
・・・ここまでは、まぁいい。
どこでドフラミンゴの居場所を知ったのかとか、その手に持っている海楼石の鎖をどこで盗んだとか、いきなり乗り込んでどうするつもりだとか、聞きたいことは沢山あったがお口をミッフィーにして耐えた。
口を開いたら緊張のあまり大事な栄養源をリバースしてしまいそうなのでな。私のライフは始まる前からもうゼロよ。
ヤマブキ氏はドンキホーテファミリーの下っ端たちをガン付けるだけで一掃し、足がガクブルしている私に向かってニッコリと微笑んだ。
天使のような悪魔の笑顔。というフレーズと共に背中を悪寒が駆け抜ける。風邪、かな?

それからは一瞬だった。
甲板でお高そうなソファーに踏ん反り返っていたドフラミンゴはあっという間にねじ伏せられた。その場にいた幹部たちが手を出す暇もなかった・・・。
何を言っているかわからねーと思うが、私も何が起きたのか分からなかった。
何故って?ヤマブキ氏の動きを目で追えなかったからだよ!
忍者とか能力者とかそんなちゃちなもんじゃねぇ、マヂ無理・・・最強設定付きっょぃ、勝てなぃ・・・を味わった。

そして私は、思わず叫んでいた。







「貴女様が仰ったのですよ。そうだ、ドフラミンゴを殺ろう!って」
「言うわけねぇだろそんな京都へ行こうみたいなノリで!!」

飛び出した事を後悔している私に、ヤマブキ氏はとんでもない爆弾を落としてくれた。
幹部の一部とドフラミンゴから鋭い視線が寄せられる。いやいや冤罪ですよコレ!

「ごごごご誤解です!私みたいな小娘が若様のお命を狙うなんてあり得ないんで!!むしろ私は手下になりたい派なんで!!もう是非こき使ってください!!・・・みたいな? 」

なんか今とんでもない事を口走ってしまったような気がするが、美しく土下座をきめる私に考えている余裕はない。
とにかく落ち着かなければ。そうだ、落ち着いてタイムマシーンを探そう。

「お前たちの目的は何だ?」

完全にパニクッていると、とても静かで落ち着いた声が響いた。
静かなのに周りによく響くこの矛盾。力のある人の言葉ってどんなに小声でも無視できないから不思議だよね。

「・・・・」
「・・・・」

ヤマブキ氏は何も言わない。私は何も言えない。辛い沈黙が続く。
すると、ヤマブキ氏がドフラミンゴの上から退いた。ご丁寧に海楼石の鎖も外して、自分の両掌をさらけ出した。所謂降参のポーズ。
いや、ここまでしておいてそれは、死亡フラグじゃね?・・・・主に私の!

「何のつもりだと、聞いてるんだ!!」

飛び起きたドフラミンゴが腕を振った。指先から伸びているだろう見えないイトイトがソファーを輪切りにする。
やはり、マジ切れていらっしゃる。死亡フラグが乱立してて辛い・・・!
ヤマブキ氏はドフラミンゴの猛攻を難なく躱しているのでぅゎ最強設定付きっょぃとしか言いようがない。もうその強さちょっと分けて欲しいわ。

「まぁ落ち着いて下さいな。我々の目的は今この方の言った通りですよ」

ヤマブキ氏はどうしても私を矢面に晒したいようだ。一瞬で私の隣に移動してきたと思ったら、私の肩を掴んでグイと前に押し出した。
私になんの恨みがあるっていうんだ・・・・あ、トリップに巻き込んだことですよねホントすみません!

「私は彼女の願いを叶えるためにいるので」

ドフラミンゴの鋭い視線がグラサン越しでも伝わってくる。
額に青筋浮かんでるし私オワタ。

「ひいいいいいい!!私を盾にした所で私の防御力は5ですよ!!トイレットペーパーとそんなに変わりないですよ!!」
「黙ってろ汚物拭き」
「この扱いである!」

私がピーピー騒いでいると、ドスドスと足音を立てながらドフラミンゴが近づいてきた。
「若様!」と騒めく幹部たちを片手で制している。
あ、こいつは自分がやるから手ェ出すなって事ですね?もういいです好きにしろよ。
若干死んだ目でドフラミンゴを眺めていると、私の目の前まで来たドフラミンゴは体を折り曲げて私の顔を覗き込んだ。

「フッフッフッ。ひ弱そうだがまぁ目は悪くねぇ、で?」
「へ?」

何がで?なのでしょうか。馬鹿な私にも分かるように初めからお話しして下さって構いませんのよ?
私の思いが伝わったのか、ドフラミンゴはチッと舌打ちしてから口を開いた。

「おれの手下になりたいって、さっき言ったよなァ」
「え」

いやいやそんなまさか。自分から死亡フラグを立てるような事を言うわけ・・・あ、言ったわ。ほんの数分前に言ったわ。

「おれを殺すとも聞こえたんだが、ありゃ聞き違いか?」
「それは言葉の綾です。アゼル様は、貴方の傘下に入るには、まず実力を見せるのが一番だと仰ったのです」

ヤマブキ氏がスラスラッと嘘をつく。
おい、アゼル様ってなんだ私のことか?確かに私は田中アゼルだが。
どうしたヤマブキ氏。

「お前はこの女の従者か?」
「そんなところです。アゼル様の御身をお護りし、願いを叶えることが私の務め」

ヤマブキ氏が何を言っているのか私ワカンナイ。
いつから従者になったの?いや確かに命は護ってもらってるけど、常に満身創痍ですよ?死なないと分かったら痛めつけられていても助けてもらえないことなんてザラですよ?
あれ?思い出したら目が霞んで・・・こんなの酷すぎるよぉ。

「我々は国をおわれ行くあてのない身。この数ヶ月は地獄のような日々を送ってまいりました。突如として全てを奪い去ったこの世界を・・・その全てを壊すことを、アゼル様はお望みです」

辛い日々を思い出して泣きそうになっていると、ヤマブキ氏の捏造話はどんどんエキセントリックなことになっていった。
俺ァただ壊すだけだ、この腐った世界を・・・って、そんなのお望みじゃないですけど!?別に黒い獣がのたうち回ってるわけじゃないですけど!?
何サラッと怖いこと言ってるのヤマブキ氏ぃぃぃぃぃ!!
しかも、ヤマブキ氏の声がちょっとマジッぽい。ちょっと病んでるっぽい。
聞いたことのない冷たい声に背筋がゾッと寒くなる。ザワザワうるさかった幹部たちもいつの間にか静まり返っていた。
確かに突然のトリップでヤマブキ氏からしてみれば全てを奪われたも同然。これは恨まないほうがおかしいのかな・・・?
あまり自分のことを話してくれないから、ヤマブキ氏が何を思っているのか私には分からない。

でも、私の望みと偽って自分の本音を語るのはどうなのかな?かな?


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