▼ 集ったのは獅子寮トリオ…



 暫くの間、ハリーとロンは他愛のない話で盛り上がりを見せていた。
ロンの家族やハリーの最低な家族、蛙チョコや動く写真、白い梟や老いた鼠、グリンゴッツの謎の事件など、二人の話は尽きない。

 トムはその会話には加わらず、ずっと本に視線を落としていた。
ハリーやロンは日本で言えばまだ小学生だ。聞いているだけなら微笑ましく感じる会話でも、そこに混ざるとなるとジェネレーションギャップという越えられない壁が現れる。だから、時折ハリーがこちらを気にする素振りを見せても、それをよしとしないロンの態度が有り難かった。

 そのロンは、すっかり敵意を燃やしてトムを睨んでいた。
最初に咎められたことも、今こうして大人しく本を読み耽っていることも、顔の造りが良いのも、女の子にモテそうなのも、ハリーがいちいち気にかけるのも、ロンの神経を逆撫でる。
 優秀な兄たちを見て育ったロンは、平凡な自分に劣等感を抱くようになっていた。トムが癪に障るのはその劣等感を刺激されるからだろう。
 またトムが、そんなロンを歯牙にもかけず放っているのも腹ただしい。
 蛙チョコを齧りながらトムに視線を送ったロンは、苦いものを飲み込むように顔を顰めた。


 トムが最後のページにある参考文献にまで目を通していると、弱々しいノックが聞こえた。ふと顔を上げると、一拍遅れてまん丸な顔をクシャクシャに歪めた少年が入って来る。

「ねぇ、僕のヒキガエル見なかった?いなくなっちゃったんだ」

 涙混じりで問われたロンとハリーは困惑しながらお互いの顔を見合わせ、首を横に振った。

「き、君は?」

 少年は縋るようにトムを見たが、生憎トムも心当たりはない。

「いや、知らないよ。ごめんね」
「まぁ、そう泣かないで。見かけたら知らせてあげるから」

 すすり泣く少年を見かねたハリーが慰めるように言った。

「僕も一緒に探そうか?」

 それでも泣き止まない少年に、トムは親切心を働かせて問いかける。しかし少年はハッとしてトムを見てから、恐縮したように首を振った。

「だ、大丈夫…!」
「そう?遠慮しなくてもいいよ?」
「う、ううん…本当に大丈夫…本当に…」

 焦ったようにもごもごと断って、少年はコンパートメントを出て行った。

「なんであんなに心配してるんだろう。僕だったらヒキガエルなんて無くした方が嬉しいけどな」
「生き物を飼うならその命に責任を持つべきだ。必死に探す彼は偉いよ」

 冗談めかして言うロンに、トムはついつい諭すようなことを言ってしまった。これは一種の職業病だろうか。
ロンの眉が吊り上るのを見て、しまったなと思った。

「なんだよ、偉そうに…!」
「そうだね、ごめんね」

 トムは本を閉じて、穏やかに謝った。そして確かに偉そうかもしれないと自分の態度を反省する。
 今の自分は彼らと同年代(中身はともかく)なのだ。対等に付き合うならまだしも、上からものを言っては相手を不愉快にさせてしまう。
 二度目のスクールライフは一度目より困難なものになりそうだ。

「良い子ぶっててやな感じだよな、アイツ…」

 ロンは苛々する気持ちを落ち着けるようにハリーに囁いた。囁かれたハリーは困った顔をする。
 この狭いコンパートメントでは多少声を潜めてもあまり意味はない。トムにも今の囁きは聞こえただろう。
 ハリーはそっとトムの顔色を伺った。涼しげな顔は窓の外に向いている。どうやら本は読み終わったらしい。何も反応しないトムに気まずくなり、視線を逸らした。

「あ、そうそう。スキャバーズを面白くする呪文があるんだ」

 ロンは気まずい思いをしているハリーにはお構いなしに、自分のトランクをガサガサと漁りだした。
 ハリーはそれを見て苦笑いを浮かべながら、ロンは良くも悪くも少し鈍感な性格をしているんだなと思った。

 ロンがトランクに片手を突っ込み探ること数分。漸くお目当ての物を探り当て、それを取り出してみせる。
それは少し煤けたような色合いの杖だった。

 トムは窓からロンの手にある杖に視線を移すと、内心「げッ」と思った。
 艶の失われたその杖はどう見ても手入れを怠っている。魔法使いにとっての杖は、武士の刀や政治家のペン、ピアニストの指と同じだ。よく手入れを施さなければ鈍ってしまう。

 トムはその杖で魔法を使うことに不安を覚え、様子を見守ることにしたのだが、ロンはやたらと意気込んで杖を振り上げた。

「今このネズミを黄色に変えてやるから見てて」

 意気揚々と言ったロンの顔はハリーに向いていたが、視線はトムに注がれている。どうやら自分が優れていることをトムに見せつけたいようだ。
 ネズミの色を黄色に変える魔法が優れているかどうかはこの際置いておこう。

 トムは今からロンの魔法の餌食となるネズミを眺めた。ネズミは飼い主の膝の上で気持ち良さそうに惰眠を貪っている。
見た目は年老いてずんぐりと太ったただのネズミだ。
 しかし普通の動物にはない不思議な気配が感じ取れた。
それはおそらく、獣の臭いに混じらせて誤魔化した魔法の気配だ。
 トムは昔、この気配を持つ動物にあったことがある。その正体は虎猫の姿をした厳格な魔女だった。―――…こいつ、アニメーガスだ。
 この結論に至った瞬間、トムの頭の中では記憶の氾濫が起こった。
 前世今生の記憶が入り交じり、濁流となって脳を駆け巡る。
トムは、ともすれば気をが狂いそうな記憶の氾濫の中でそっと目をとじる。記憶の濁流から、今必要な情報だけを器用に掬い上げた。

 ピーター・ペティグリュー…

閉じた時のようにそっと目を開いたトムは、何事もなかったようにロンの杖先を眺めた。


 ロンが杖を降り下ろそうと手首を曲げた瞬間、スライド式のドアがガラッと開いた。
 出端を挫かれたロンは迷惑げに、ハリーはきょとんとした表情で入り口を見る。そこには鳶色の髪の少女が、先程の少年を連れて立っていた。

「ネビルのヒキガエルがいなくなったの。誰か見なかった?」

 ハキハキと喋る少女だ。イントネーションが強いので、聞いている方は少し責められた気持ちになる。

「あら、魔法をかけるの?見せてもらってもいいかしら」

 少女はロンが降り上げている杖を見て、それに関心を寄せたようだった。一応問いかけているが、居座る気満々なのは見ていてわかる。

 ロンは思わぬ観客の出現に眼を丸くしたが、気を取り直して杖を振った。

「おひさまーひなぎくーとろけたバター…このデブネズミを黄色に変えよ!」

 なんだそりゃ…というのがトムの飾らない本心だった。

 ロンは暫く杖先をネズミに向けていたが、膝の上で気持ち良さそうに惰眠を貪るネズミには何の変化も見られない。
ハリーは首を傾げ、少女は疑うような眼を向ける。

「その呪文、間違ってるんじゃないの」

 少女の責めるような冷めた声に、ロンは顔を顰めた。

「上手くいかなかったみたいだけど仕方ないわ。魔法って難しいもの。私も家で色んな呪文を試してみたわ。勿論全部成功したけど。私の家には私以外に魔法使いがいないの。だから手紙が来たときは驚いたわ。でもそれ以上に嬉しかったの。ホグワーツは魔法界で最高の学校なんですって。教科書は全部暗記してきたけどこれでもまだ足りなかったらって不安になるわ。こんなことならやっぱり教科書以外の教材も買うべきだったわ。私はハーマイオニー・グレンジャーよ。あなたたちは?」

 名前を名乗るまでの間が長すぎて、自己紹介されたことを気付くのに少し時間がかかった。ロンもハリーもポカーンとしたままそれぞれの名前を告げる。

 ハーマイオニーはハリーの名前を聞くや否やハリーに詰め寄った。ハリーは驚いて体を仰け反らせる。

「私、あなたのこと全部知ってるわ。あなたが載っている本は全部読んだもの」
「え?本に載ってるって…僕が?」

 ハリーは本気で驚いた。ついこの間まで魔法界との接点を一切持てなかったハリーにとっては寝耳に水だ。 
 自分が有名人だということも、会う人会う人に驚かれ握手を求めれるのも、本に載っているのも、自分の知らないところで名前だけが独り歩きしているようで居心地が悪い。
 ハリーはふとトムを見た。今までハリーが名乗っても過剰な反応を見せなかったのは彼だけだ。
トムはハリーの視線に気付くと、心情を察したような苦笑を返してくれた。

「あなた、自分のことなのに何も知りないのね。私があなただったらしっかり調べて来るけど…」

 ハーマイオニーは呆れ半分で呟いた。

「そうだわ、あなたたち寮はどこになるかわかる?私はグリフィンドールがいいけどレイブンクローも良さそうなのよね。でもやっぱり一番良いのはグリフィンドールかしら…ダンブルドア校長先生もグリフィンドール生だったんですって」

 話題の尽きない少女だ。トムは呆れながらハーマイオニーを見ていた。女の子はお喋り好きが多いが、こうも一方的に喋る子は珍しい。

「あら?そう言えばあなたの名前は聞いてないわね、何て言うの?」

 ハーマイオニーは今始めて気付いたというようにトムを見た。

「リドル・マールヴェルトだよ。よろしく、ハーマイオニー」 

 トムが愛想笑いを浮かべると、ハーマイオニーの頬に朱がさす。
 トムが笑うと皆このような反応をするので、トムはすっかり慣れてしまった。が、元がアレなので自分のことながらイケメン爆発しろ、と思う。

「そ、そう。よろしく…」

 ハーマイオニーは狼狽えたように視線を泳がせたが、咳払いをして自身を落ち着けた。ロンは少女の反応を面白くなさそうに見ている。ロンの心情を代弁するならイケメン爆発しろ、だ。すまない少年よ。

「あなたはどこの寮になると思う?やっぱりグリフィンドールが一番よね」

 そう問うてくるハーマイオニーに、トムは苦笑を返さずにはいられない。何せトムの行く寮は既に決まっているも同然だ。

「僕はスリザリンに入るだろうね、おそらくだけど」

 この台詞を聞いてハーマイオニーは驚き、ロンはあからさまに眉を潜めた。

「スリザリンだって?君、正気か?」
「リドル、言っちゃ悪いけどスリザリンは良くないって、皆そう言ってるわ」

 予想通りの反応に、トムは肩を竦める。
スリザリンの不人気は半世紀経っても改善されていないようだ。

「それは偏見だよ。どの寮にだって良いところは沢山あるよ」
「スリザリンなんかに良いところなんてあるわけないだろ!」

 ロンが噛みつくように怒鳴った。向かいに座るハリーはギョッとする。
 しかし怒鳴られた本人は何処吹く風とばかりに、優雅に足を組み替えている。

「他人の意見ばかりを鵜呑みにしないで、ちゃんと自分の眼で見て判断するといい。そう心がけていれば君はきっと立派な魔女になれるよ」

 トムはロンを華麗にスルーして、ハーマイオニーの眼を見て笑った。
 ハーマイオニーは途端に顔を真っ赤にして、人形のようにコクンと頷く。

 ハリーは「リドルって絶対大物になる!」と訳のわからない興奮を覚えた。
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