【操作ファイル2:キラ事件】



翌日、私はUSBメモリを持って仕事場にやって来た。中身は昨日Lに調べろと指示された情報をまとめたもの+αだ。
これをワタリに渡せばLにも伝わるだろう。

朝のルーチンを適当にこなし、ワタリを探して庁内を歩き回る。
けれどあんなに目立つはずのワタリはどこにも見当たらない。
どうでもいい時は見かけるのに必要な時に限って影も形もないとは、一体どういうことだ。
仕方がないので、一旦デスクに戻ることにした。

「おい、マル。お前仕事もしないで何してたんだ」

デスクチェアに座り、持参したノートパソコンを開こうとした時、同じインターネット班の同僚が苛々した様子で歩み寄って来た。
マルとは私の渾名だ。名字に丸という漢字が入っているので、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。

「ああ、ワタリさんを探してたんですよ。どこにいるのかなー…知りません?」
「知らねーよ。それにお前な、ちょっと優秀だからってこういう事件は女がしゃしゃり出るもんじゃねーぞ」
「あー…そう言われても…」
「俺は若い女がキラ事件に関わるのは反対だ」
「うーん…そうですねぇ…」
「俺だけじゃないさ、他の奴らも口に出さないだけでそう思ってるはずだ」
「あーはいはい」
「それにだな、男ばかりの職場じゃお前だって楽しくないだろ?だから移動…」
「あ、これ次長に提出しなきゃ」

私はそう言って適当な書類を束ね、同僚をあしらいつつその場を後にした。
あの同僚がああやって突っかかって来る時は、説教ともつかない長話をされてかなり時間を取られる。
こんな時は三十六計逃げるに如かず、というやつだ。

「なんか災難だね…朝から」

次長を探すふりして廊下に出ると、松田さんが後からやって来た。
どうやら一部始終を見ていたらしい。この人、暇人だなぁ。

「僕は女性だからってあんな風に差別するのは良くないと思うよ」

松田さんはやけに力のこもった目でそう訴える。
でもそれは女の私に言ってもどうしようもないことだと思うのだけれど。

「まぁ、考え方は人各々ですけど…。あの人は差別っていうよりも、区別してるって感じですよ」
「区別?」
「つまり、こんな血生臭い事件に女が関わるのはけしからん!って言いたいんですよ」
「それってやっぱり差別じゃないか」
「 まぁ、捉え方も人各々ですよね」

私は説明するのが面倒臭くなって会話を放り投げた。
あの同僚は女性に夢見てるタイプの人間だ。女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かでできていると信じたいのだろう。間違っても殺人現場をうろつくような真似はして欲しくないしするべきではない、と考えている。

松田さんは納得できないという顔をしているが、私にそんな顔されても困る。
理不尽な文句を言われる前に立ち去ろうと視線を逸らすと、松田さんは何かに気づいたような顔で口を開いた。

「そう言えば、ワタリ探してるんだって?」
「あ、そうなんですよー。どこかで見かけませんでした?」

どこから話聞いてたんだろう。この人ほんと暇人だ。

「ちょっと前に三階の休憩室で見たよ」

…休憩室……。
あのワタリが休憩室で休憩している光景なんて全く思い浮かばない。これは盲点だった。

「なんか高そうなティーカップで紅茶飲んでたよ。角砂糖とかジャムとかパンみたいなやつもあって本格的だった」
「………」
「いや本当だって」

思わず疑わしい目で松田さんを見てしまった。
ワタリってここに何しに来ているんだろうか。松田さんの話を鵜呑みにするなら、ワタリは警察庁でミニ茶会を開いてるようだ。
うん、是非参加させてもらおう。
私は松田さんにお礼を言って、休憩室へ向かった。

休憩室は“室”とつく癖に廊下と部屋を区切る壁はない。
くすんだ色のソファーと高さの合っていないテーブルがいくつか置かれ、その奥にペットボトルの自動販売機が3つほど並べられている。
ホテルのロビーにある休憩スペースをもっとお粗末で庶民的にしたような場所だ。

ワタリは弾力の無い硬めのソファーに姿勢良く座り、ティーカップとソーサーを各々の手に持っていた。
何もかもがミスマッチ過ぎて、どこをどう突っ込めばいいのか解らない。
取り合えずこれは触らぬ神に祟りなしという解釈で良いだろうか。

「ワタリさん、ちょっと宜しいですか?」
「はい、何でしょう」

ワタリの声はとても落ち着きがある。
年齢を重ねた者だけが出せる渋い声だ、と思う。
ただ、ワタリにお歳を召したご老人という印象はない。ワタリの老成した雰囲気は壮絶な経験と苦労を重ねた結果だろう、多分。

私は腰をあげようとするワタリを手で制し、上着のポケットに無造作に突っ込んでおいたUSBメモリを取り出した。

「それは?」

向かいの席に着くことを勧めてくれたワタリの好意に甘え、私はUSBを片手で弄りながらソファーに腰かける。
ソファーのひんやりとした温度がお尻から伝わり、背筋が軽く震えた。

「昨日Lに調べて欲しいと頼まれた情報が入ったUSBです。まぁ、それ以外に余計なものも色々入ってますがね」
「随分と仕事が速いですね。いや、大変結構なことです」
「ありがとうございます。実を言うと、これは仕事の片手間に調べていた物なんです」

私は、私の努力の結晶とも呼べるUSBメモリを差し出す。
ここ最近の睡眠時間を削ることで纏め上げた情報だ。温存するのは馬鹿らしいのでここで提出するが、是非とも有意義に使っ頂きたい。

「ほう、Lに指示される前にご自分でお調べになっていたと」
「奇妙キテレツ奇々怪々な事件ですからねぇ。調べられるものは調べておいて損はないかと思いまして」
「そうですか、ありがとうございます。この中身は私が一度確認してからLに報告する形を取らせて頂いても?」
「もちろん」

そして私はその後、まんまとワタリに勧められるまま茶会のご相伴に預かることができた。
松田さんの言っていたパンみたいなやつとはスコーンの事だった。あの人、スコーンも解らないのか…。
ジャムはマーマレード、紅茶はアールグレイだった。
どれもかなり上等なお味がする。コイツなかなかやりおる、と意味不明な警戒心を抱いたほどだ。

でもワタリさん。アタッシュケースにティーセット一式入れて持ち歩くのはやめた方がいいと思うな。

 

 
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