12月も中頃に差しかかり、街中がクリスマス一色に染まっていた。
至るところに飾られている白いふわふわの綿雪を見つける度、アゼルは幼かった妹が引きずるように連れ歩いていたテディベアを思い出す。

今、アゼルはその妹の粧祐に連れられ、近所の大型スーパーに来ていた。緑色の買い物カゴを片腕にかけ、乳製品コーナーで無塩バターを眺めている。

「お兄ちゃんあったー?」

どこぞへと姿を眩ましていた粧祐が、兄の後ろ姿を確認し、小麦粉の紙袋を持ちながら早足で歩み寄る。

「うん、あったけど……どれがいいんだ?」

アゼルはそう言って、顎に添えていた片手を伸ばし、陳列棚の一角を指差す。
そこには銘柄の異なる数種類もの無塩バターが、整然と並べられていた。
箱に入っていたり、カップに入っていたり、アルミ箔にくるんであったりと、容器だけを見ても、それぞれの商品に個性がある。あまり需要の無さそうな無塩バターであっても、企業は努力を惜しまないらしい。
それを見た粧祐は、カゴに小麦粉を入れながら、「うーん」と唸る。

「じゃあ、これ」

少しだけ悩む素振りを見せ、指差したのはアルミ箔にくるまれたバターだった。

「これか…450gで790円もするけど…」

アゼルは、表示されているお値段に眉を潜めつつも、妹の言葉を受け入れて、そのお高いバターをカゴに加えた。
今回の買い物の内容はまるきり門外漢なので、下手に反論はできない。

「ぎゃっ!そんなにするの?高すぎ!」
「うん、バターって高いよな。マーガリンじゃ駄目なわけ?」
「それは駄目!お菓子は繊細なの。お兄ちゃんと違って!」
「ほーー…休日の受験生を捕まえて言う台詞がそれかぁ…」

アゼルは、少し憮然とした気持ちで妹を見下ろす。
粧祐はクリスマス当日に備えて、これからケーキを作る練習をするそうだ。クリスマスケーキなんて買えば済むだろうに、ご苦労なことだ、と思ったのは内緒にしておいた方が良いだろう。
その買い物に、アゼルは半ば無理矢理荷物持ちとして連れてこられていた。
…こんなにも心優しい受験生の兄に対して、そんな態度を取るのか、と、粧祐の丸く少し低い鼻を摘まんだ。 

「ぎゃっ!止めてよーお兄ちゃんのいじわる!」
「ハハハ、変な顔!」
「うわ、ひどーーい!こんなことならライトお兄ちゃんに来てもらえば良かった…!ライトお兄ちゃんならこんないじわるしないし…!
「………」

妹の言葉に、アゼルは気取られない程度に片眉をつり上げる。何かにつけて“月お兄ちゃんなら”と騒ぐのは、この妹の悪い癖だ。

(…こいつは、何かにある度にライトライトライト……。ライトがお前の買い物何かに付き合うわけないだろ、うんざりさせるなよ。苛立ち紛れに名前を書いてやりたい気分だ)

勿論、【夜神粧祐】の名前を書き込むのは、あの真っ黒なノートだ。
いつしかアゼルは、ノートを使うことに抵抗を感じなくなっていた。それは例え、書き込む名前が身内のものだったとしても例外ではない。そして、その事に危機感を感じることもなくなっていた。
しかし、今はその衝動をグッと堪えて、アゼルは粧祐の頭を優しく撫でる。

「悪かったよ…拗ねるなって。チョコでも買ってやるから」
「私、そんな安い女じゃないんだからね!」
「どこで覚えた…そんな台詞」

妹が、いちいちアゼルと月を比較するのは、アゼルに甘えているからだ。それはアゼルもよく承知している。
月は度々粧祐をたしなめることもあるが、アゼルはいつも甘やかしていた。そのせいもあって、粧祐はアゼルにだけはまったく遠慮がない。

(でも身内を手にかけるのはやっぱり得策じゃない…?いや、でも、案外粧祐が死んだ方が疑われずに済むだろうな…、少なくとも父さんやその同僚には…。…ただLの眼は誤魔化せないし、それにライトも……、やっぱり粧祐を殺めるのはリスクが付きまとうな。……どの道、衝動に任せるのはよくないし、今日のところは見送るか……)

言った通り、粧祐にチョコレートを買い与えたアゼルは、両手に買い物袋を下げ、妹と並んで家路に付いた。
一箱300円以上するプレミアム何とかチョコレートをご満悦に抱える妹を見て、十分安い女だと心中で蔑んでみたが、何となく気持ちは晴れなかった。





夕飯時に出された粧祐のケーキは、見事にクシャリと萎んでいた。

「粧祐……ちゃんとレシピ通りに作ったのか?僕が調べてやったレシピの通りに…?」

皿に切り分けられたケーキをしげしげと眺めていた月は、少し顔を上げて言った。

「ちゃんと作ったよぉ〜…」
「まぁ、いいじゃないか。これはこれで美味いぞ、粧祐」

元気の無い声でケーキをつつく粧祐を、父である総一郎が慰める。

「父さんは粧祐に甘いよ。うん、まぁ、これはこれで美味いけど…」

結局は月も美味い美味いとフォークを進めるのだから、母の幸子はクスクスと笑った。母は、ここが幸せな家庭だと信じて疑わない。

アゼルは、いびつな形の生クリームの上に乗せられている苺を、手にしたフォークで何度も突き刺していた。
赤い果汁がクリームに滲み、ピンク色の果肉がぐずぐずと崩れ始めるが、それでも止める気配はない。

「何してるんだアゼル…」

それを見咎めた月は、アゼルに怪訝な顔を向けた。

「考え事」

一言でそっけなく返したアゼルは、潰れた苺を素早く口へ放り、2、3度噛み砕いて飲み下した。

「粧祐!すっごく美味しいよ!この苺!」
「ケーキを褒めてよ!いじわるー!」

いつもの調子でおどけるアゼルを見て、月はそっと息を吐く。
月は最近、アゼルの様子がどこか可笑しいような気がしていた。おそらく受験前で気が立っているだけたろう、と当たりはつけているものの、気にならないと言えば嘘になる。
粧祐に微笑みかけるアゼルの横顔を一瞥し、月は気を取り直すように苺を齧った。

「あ、そう言えば…、今奇妙な事件が流行ってるんだってね。父さん」
「ん?」

月はフォークに刺していた最後の一口を飲み込んでから、お行儀良くティッシュで口を拭い、父と視線を合わせた。

「ネット上じゃ、もう話題になってるよ。世界中で心臓麻痺による死亡者が多発してるって」

ふと思い出した話題だったが、月はその瞳にあからさまな好奇心を浮かべ、父の反応を伺った。
全世界で起きている事件と言えども、ネットの情報は現実味に欠ける。そのため、つい他人事のように捉えてしまうのは仕方のないことだろう。
例え隣にその犯人がなに食わぬ顔で座っていようともだ。

アゼルは月の横で、黙々とお世辞にも美味いと感じられないケーキを咀嚼する。

「心臓麻痺…?それって事件なの?」

粧祐が不思議そうに小首を傾げた。
月は神妙に頷く。

「ここ2週間程で、人種、地域、老若男女に関わらず数百人以上が亡くなってるんだ。偶然にしては多すぎるよ。これは間違いなく事件だ」
「ライト…食事中にそんな話し…」

真剣な顔で両腕を組む月を、幸子はたしなめる。夜神家の母は、この手の話をあまり好まない人なのだ。
しかし、総一郎は幸子を手で制し、月を見つめた。

「情報が早いな、ライト」
「早い?いや、遅い方だよ、父さん。2週間も過ぎてから、漸くこれが事件なんじゃないかってことに思い至ったんだから」
「そんなことはないさ。警察が動き始めたのもつい最近になってからだ」
「……心臓麻痺で警察が動くって、よっぽど暇してるんだね」

総一郎と月の会話に、漸くケーキを完食できたアゼルが口を挟む。
月はムッと顔を顰め、総一郎はやれやれとため息をついた。

「話の腰を折るなよ、アゼル」
「そいつぁごめんよ、っと」

不機嫌そうな月を面白そうに見て、アゼルは席を立つ。

「お皿は水につけておいてね」
「はいはーい」

アゼルは、自分の使った食器全てを器用に持ちながら、流し台へと向かった。
その背後では、月が話の続きを総一郎に振っている。

「なんだ…聞かなくてもいいのか?」

裂けた口を吊り上げて、アゼルの後ろを浮遊していたリュークは言った。
死神の声や姿は、ノート所有者にしか感知できない。

「警察になんて興味ない…。せいぜい無駄な努力でもしてればいいんだ」

小声で答えたアゼルに、リュークはくつくつと喉を鳴らした。

 
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