《僅か半月足らずで数百人が死亡!その全てが心臓麻痺です!》
《今なお犠牲者は増えている……状況は深刻だ…》
《明日は我が身かも知れませんな…》

インカムのイヤフォンから同時通訳された無機質な声に耳を傾け、夜神総一郎は厳しい顔で真っ直ぐ前を見据えていた。
ここは某先進国で開かれているICPOの会議場だ。
今回の議題は、今世界中で起こっている謎の心臓麻痺について。

全世界で心臓麻痺が多発し始めたのは、12月の初旬だった。
それから2週間以上経過しているが、心臓麻痺での死亡者の数は日をおう毎に右肩上がりで増えている。

《しかし心臓麻痺でしょう…事件性などないのでは?》
《死亡者の人種・国・地域・年齢・性別はどれもバラバラですぞ!自然現象で片付けるには無理がある!》
《だからといって、殺人事件と考えるのも安易すぎませんかねぇ?》
《今、様々な専門家がこの心臓麻痺多発について様々な議論を交わしています。したがって、我々も殺人事件の専門家として話し合う必要があるでしょう》
《しかしこれが殺人だとして、人間にこんなことが可能なのか…?》
《テロということも考えて………》

各国の警察の代表が一挙に集い論議を交わしているが、会議は平行線を辿っているように感じる。
総一郎は、インカムマイクに拾われないよう配慮しながらため息をついた。
総一郎自身は“これは殺人事件だ”と確固たる確信を持ってここに来ているが、他の代表者の様子を見ていると、いまだ半信半疑の者が大多数を占めているようだ。

《…こうなるとまたLに解決してもらうしかありませんな》

いくら議論を続けても、このままでは埒があかない。そう判断した総一郎は、少し固い声ではっきりと言い放った。

【L】。
この世界の影のトップ。最後の切り札。
顔も名前も居場所も、誰も知らない名探偵。
彼の実力は、警察関係者になら今更証明する必要はないだろう。
総一郎の発言を受けて、会場は暫しの間静まった。 

《……しかしLは、自分が興味を持った事件しか動かない我が儘な人物と聞いていますよ?》
《そうそう、それに協力を頼みたくてもこちらかはコンタクトを取れない》
《いや、しかし我々では正直お手上げでしょう。頼めるものなら頼みたい…》
《何はともあれ、せめて事件性があるのかどうかだけでも、はっきりさせなければいけませんな》
《何を悠長なことを!これは十中八九殺人だ!呑気に構えている暇はありませんぞ!》
《いやいや、そうと決めつけるのは早計というもんでしょう》

会議はまたもや堂々巡りに陥って行く。
総一郎は拳をグッと握り、肩に力を入れた。
今、ここでこうしている間にも、罪の無い人々が心臓麻痺で亡くなり続けている。だのに、警察官として何もできないもどかしさが胸の内で燻り、吐き気をもよおした。


「Lは、既に動いています」


突然響いた何者かの声にハッとして、総一郎は顔を上げた。
黒いトレンチコートに身を包む背の高い男が、いつの間にかスクリーンの前に立っている。

「Lはこの事件を殺人事件と断定し、とっくに捜査を始めています」

淡々と喋る男の存在に、会場の誰もが注目した。

《ワタリ……!》

誰かが驚きついでに声を上げる。 

【ワタリ】。
Lの交渉役。男。
それ以上の情報は無い正体不明の人物。しかし、Lとコンタクトを取るためには必ず介さなければならない男である。

「皆様にLの言葉をお聞かせします。どうかお静かに」

ワタリは会場の動揺などそ知らぬ顔でノートパソコンを開いた。画面には、白い背景の真ん中に【L】の文字だけが浮かんでいる。



《皆さんこんにちは、Lです――…》













「なぁ、アゼル」
「なに?林檎ならもう無いぜ?」

学校から帰宅したアゼルは、早速自室にこもり、ノートを広げていた。
スラスラと書き込んでいる名前は、インターネットから適当に拾ったものだ。
インターネットが一般家庭にまで普及しているこの時代は、ノートを使うのにとても便利だ。

「いや、そーじゃなくて…」
「あ?じゃあ何?」

一人分の名前を書き終えると、次の名前を書き始める。アゼルはリュークに話しかけられてもペンを休めようとしない。

「知らない奴の名前ばかり書いてて面白いか?」

リュークにとっては純粋な疑問だった。
この十数日、夜神アゼルという人間を観察してきたが、ノートを使う目的も理由も全く掴めない。ただ徒に他人の名前を書き綴っているように見える。

「……ああ、つまりリュークは退屈してるってことだな」
「お?よくわかったな」

だが、アゼルは面白い人間だ。
そう思うからこそ、リュークはこの退屈な2週間を耐えられた。

アゼルは時に愚か者のように振る舞うが、その本質は賢く聡明だ。
今のようにリュークが1を言えば、そこに含まれる10の事を汲み取ることができる。その為、心を読まれているのではないかと思うことが何度もあった。

「今、父さん出張だろ?だからそろそろだと思うんだけど…」
「え?何が?」

アゼルは14人分の名前を書き終えたノートを眺めなから呟く。
ノック式のボールペンをカチカチと頻りに鳴らし始めた。これは考え事をしている時の癖らしい。

「え、だから何が?オーイ…無視するなよアゼルー…」

すっかり周りの声を聞かなくなったアゼルに、リュークはため息をついた。
思考に耽る時、アゼルはあえてリュークを無視する。
仮にも死神であるリュークを恐れもしなければ称えもしないアゼルは面白い。が、こうもぞんざいに扱われると、死神にも辛うじて残っている威厳や沽券というものが危うくなりそうだ。
リュークは微妙な心情でアゼルの横顔を眺めた。


《番組の途中ですが、ここでICPOからの世界同時特別生中継を行います――…》


つけていたテレビの画面が一瞬砂嵐に変わり、突然こんな放送が流れ始めた。

「…ああ、始まったか」

死神の声は聞いてなくともテレビの音声はしっかりと聞いてきたらしいアゼルは、物知顔で微笑みながらテレビへ意識を向けた。

「ん?なんだ、これ?」

そんなアゼルに思うところがないわけでもないリュークは、どこか釈然としない気持ちでテレビを覗き込む。

「見てればわかるさ……これから面白くなるぜ?」
「ホォ〜〜〜…お前が言うんだからそうなんだろうな」

澄ました顔のアゼルが言うと、リュークは興味を引かれたような顔で、よりいっそうテレビに近寄った。

《私はリンド・L・テイラー。通称【L】です》

テレビの中で、上等なスーツに身を包む精悍な顔つきの男が言った。
男が両腕を預ける卓上には、ご丁寧にネームプレートが用意されている。

《今世界を騒がしている心臓麻痺…これは罪の無い人々を狙った無差別連続殺人事件です。絶対に許してはならない史上最悪の犯罪です!》

厳しい顔で言いきるテイラー。整った顔立ちだけに迫力がある。

「よく言うぜ。いや、言わされてるのか…」

しかし、テイラーの正体を知っているアゼルは、腕を組ながら冷めた顔で鼻を鳴らした。

「あ?どういうことだ?アゼル」
「黙って見てろ」

リュークは問いかけるが、取り合う気のないアゼルによってすげなく言い捨てられる。

《よって私はこの犯罪の首謀者、俗に言われている【キラ】を必ず捕まえます!》

テイラーの【キラ】発言に、アゼルはピクリと方眉を動かした。
それを目敏く見ていたリュークはクツクツと喉を鳴らす。

「このキラってお前の事だよな?お前、世間的にはキラなんて呼ばれてんのか」
「ふーん、またキラか…」
「このテイラーって奴、お前の事捕まえるって言ってるぞ?ヤバイんじゃないか?」
「しかし半月近くもかかるとはなぁ…少しもたつき過ぎじゃないか?L」
「…オーイ、聞いてるか?オーイアゼルー…」
「シカトしてみるのも一興……でもモラトリアムが延びるだけ、だよな…。それはそれで面倒……」
「……お前、ちょっとは会話しようぜ…」

ブラウン管の向こう側で真摯な顔を作っているテイラーは、無視され続けるリュークの微妙な心情など(当たり前だが)気づきもせず、さらに言葉を続ける。

《キラ…お前がどのような考えでこのような事をしているのか、大体想像はつく》
「 ! 想像はつく?へぇ…じゃ、当ててみろよ、L」

アゼルは楽しそうな、けれどどこか呆れを含んだような顔で笑った。

《お前は、己の力を誇示したいだけの幼稚でクレイジーな愉快犯だ!世間を恐怖に陥れ、それを安全な場所で嘲笑うしか能の無い臆病者だ!そこには思想も理想も理由もありはしない。お前はつまらない自己顕示欲が凝り固まって出来たような、ただのガキだ!》
「すっげー言われようだな、アゼル」
「………」

アゼルは徐に閉じていたノートを開く。
その瞳には怒りと呼べる感情が妖しく揺らめいていることに、リュークは気づいた。

「いいね。流石だぜ、L。お前のその分析、概ね当たってるよ。だから乗ってやろうじゃないか、その挑発に…!」

アゼルはペン先でノートを削るように書き込んだ。
【LIND ・ L ・ TAILOR】。
殴り書きのような文字が、死神のノートに意味を与える。
時計の針はそれが仕事だとばかりに、無慈悲に秒数を刻む。
40秒などあっという間に過ぎ去る。

《…………―――っ!!》

そしてテイラーは胸を抑え、苦しみに悶えながら天を仰いだ。その顔は心臓に走る痛みと苦しみ、さらには死への恐怖までもよく現していた。

アゼルはその様子を、実験用マウスを眺める科学者のような瞳で、ただ見つめついた。
その瞳には何の感情も灯っていなかった。


 
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