黒い表紙のざらついた感触を確かめながら、アゼルは明かりを落とした真っ暗な部屋で、ぼんやりと外を眺めていた。
カチカチと煩い時計が示す時刻は、午前3時をとうに過ぎている。
外は節電のためか、青白い光で道を照していた街灯も消え、シンと静まり返った住宅街が夜に浮かぶ。

アゼルは、ふと、視線を自身の手元に向けた。
デスク上に置いた四角い黒表紙の輪郭が、はっきりと見てとれた。さらに、白くいびつな文字で記されたタイトルは、明かりを落とした部屋の中でも読み取ることができる。

【DEATH NOTE】

なんとも悪趣味なタイトルだ。
しかし、裏表紙にはもっと悪趣味な【HOW TO USE】が書かれていることを、アゼルは知っている。

(問題なのはノートじゃない。ノートを手にした俺が、これからどう動くかだ…)

そう考えながら、デスク上にノートを広げる。
ペン立てからシャープペンを選んだアゼルは、何の表情も浮かべずにペン先を走らせた。

(…夜神、…)

【月】と書こうとしていた。しかし、2画目で思いとどまる。

(殺してどうするっていうんだ…)

好きではない弟の顔を思い浮かべたアゼルは、自嘲してシャープペンを放った。

(正解しないと、また繰り返し…。でも何が正解なのか、13回も繰り返したのにさっぱりわからない)

ペンの代わりに消ゴムをつまみ、頬杖をついて思考に耽る。
片手でやりづらそうにノートの文字を消しつつ、アゼルは“今生”の大まかなプランを立てていった。









5日後、自室で勉強していたアゼルの元に、リュークと名乗る死神が現れた。
くすんだ血の気のない皮膚、ギョロりと動く眼、潰れた鼻に裂けた口から覗く鋭い牙、そして異様に長い手足が特徴的だ。

アゼルは、どこからともなく突然現れたリュークを一瞥し、興味無さげに肩を竦めた。

「この俺を見ても驚かないとはな…クク」 

リュークの錆び付いた声が鼓膜を震わせる。興味深そうに寄せられる視線が、とても不愉快で鬱陶しい。
アゼルは面倒臭そうに方眉をつり上げ、抑揚のない声で「ご用件は?」と訊ねた。

「ククク…。そのノートの落とし主として、拾った人間の様子を見に来たんだ。もうノートは使ったか?」

そっけない態度のアゼルに腹を立てることもなく、死神は答えた。
デスクに備え付けのオフィスチェアに腰かけていたアゼルは、キャスターを転がし、本棚の前へ移動する。

アゼルの部屋の間取りは至ってシンプルだ。
この8畳ほどの部屋は、入り口から向かって左側の一番奥に勉強用のデスクがあり、その手前に本棚が2つ並んでいる。
窓は1つ。デスクの横、入り口の正面の壁にあるだけだ。
ベッドは、入り口から向かって右側の壁に沿って置かれている。それは高さが170p強あるスチール製のロフトベッドだ。その下には、箪笥と空っぽの棚が置かれている。

アゼルは、デスクのすぐ隣の本棚から分厚い大きな本を取り出した。
タイトルは動・植物図鑑となっている。これは、アゼルが小学生の頃、父親に我が儘を言って買ってもらった物だった。少し表紙が擦れているものの、保存状態は良く、大切に扱っていた事が窺える。

またキャスターを転がし、元居た場所まで戻ったアゼルは、デスクの上で図鑑の硬い表紙を開く。

「なんだ?そんな図鑑を調べても死神の生態は載ってないぞ?」
「………知ってるよ」

惚けているのか本気なのかわからないリュークに呆れつつ、適当に頁を捲る。

「ノートはこの図鑑の中に隠してあるんだ」
「ほぉ〜〜〜…」

リュークが身を乗り出し、アゼル越しに図鑑を覗き込む。
アゼルが214頁を開くと、そこから数十頁にわたり中身がくりぬかれていた。そこに、布製のカバーの付いたノートが、ピッタリと嵌め込まれている。

「これは500頁ある図鑑だ。1pもないデスノートを隠す為の厚さは十分にある」
「成る程なぁ、上手く隠してある。で、使ったのか?」

アゼルは図鑑からノートを取り出し、リュークの前でパラパラと捲って見せた。何も書かれていないまっさらな頁が裏表紙まで続いている。

「……なんだ、使ってないのか」

リュークは肩を落とした。
とても残念がっているのが、雰囲気で伝わってくる。 

「ふぅん、死神でも残念に思う事があるんだ…」

アゼルはそれを面白がった。
リュークの前で初めて浮かべた表情は、底意地の悪い笑みだ。

「……使ってもらわなきゃ、落とした意味がないだろ?」
「まるでわざと落としたような言い種だな」
「ああ、まぁな。……あまりにも退屈だったんで、こっちに居た方が面白いと踏んだんだ」
「ふふっ、成る程ねぇ」

パタン、とノートが閉じられた。
アゼルは徐に立ち上がり、真っ直ぐにリュークの目を見る。

「リューク、」
「ん?」

ノートを片手に持ったアゼルは、17歳の少年には似つかわしくない顔でニヤニヤと笑った。

「ノートを使う代償はあるのか?」
「いいや。拾った瞬間からそのノートはお前の物だ。お前の物をお前がどう使おうと、代償なんて生じるはずがない」
「だろうな」
「…………」
「ノートの使い方はもう考えてある。……後は、」

アゼルは言葉を区切り、カレンダーに目を移す。
今日の日付は12月3日。動き出すにはまだ少し待つ必要がある。

「時が来るまで遊ぼうぜ?」

 
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