∵ ハンター試験。
ここはザバン市ツバシ町にある、めしどころ ごばん。
一見するとただの定食屋だが、287回目のハンター試験はここで行われるそうだ。
ナビゲーターを名乗る魔獣に案内され、受験者たちは店の中へ入ることになった。
「いよいよだね!ワクワクするなぁ!」
ナビゲーターが合言葉「ステーキ定食弱火でじっくり」を言い、受験者たちが奥の個室に通された時、ゴンと名乗る少年はそう言った。
「そうかなぁ?ボクは別に何とも思わないけど」
アゼルは首を傾げながら、ゴンに軽く反論した。アゼルの胸にはワクワクもドキドキもない。平常時の心臓の鼓動があるだけだ。
やはり10歳近く離れていると、感性が変わるのかもしれない。
「カッ!余裕なこって」
嫌みったらしく言ったのはレオリオと名乗る男だ。細身のスーツを着こなし、色眼鏡をかけている。この色眼鏡と、剃り残した髭と、生やしっぱなしの揉み上げがなければ、まともな社会人に見えるのだが、残念な男だ。
「余裕が無いよりはマシだろう。そんなことより今唾が飛んだぞ」
人を逆撫でするようなテノールの声で言ったのは、クラピカと名乗る青年だ。
アゼルは初めて会った時、彼が彼なのか彼女なのかわからなかった。
世の中、レオリオのように男臭い男もいれば、クラピカのように女性と区別のつかない男もいる。
アゼルは、この真逆なタイプの二人の会話が面白くて好きだ。
四人が席へ付くと、店員の言葉と共に戸が閉められた。目の前のテーブルの網の上では、既に肉が焼かれている。
「さっきステーキ定食って言ってたのに、焼き肉かぁ…。釈然としないなぁ。お肉も焦げてるし」
アゼルは不満を漏らした。網の上でジュージューと音を立てる薄切りの肉は、縁が黒く焦げ始めている。
「焦げぐらい別にいいだろーが。文句言ってないで食えっつーの」
レオリオが肉を箸で摘まんだ。
と、同時に部屋が機械音を上げて下降しだした。狭い個室だと思ったが、エレベーターを改造したものだったらしい。
「焦げた肉を食べるとガンになるんだよ」
アゼルは焦げている肉を脇に寄せ、新しい肉を並べていった。
「え?ガンになるの?」
ゴンはビックリしていた。目を丸く見開いて、自分がかじった肉が焦げていたことを気にしている。
アゼルは、ゴンのそんな愚直で素直なところに好感を持っていた。
「大丈夫だよゴン。確かに焦げには、動物性タンパク質が変成してできた発ガン性物質が含まれていると言われているが、この程度の量でガンにはならないよ」
そう言ったクラピカは、笑って焦げた肉を食べて見せた。
「なーんだ、よかった!大丈夫だって、ロブ」
ゴンは安心して言った。ロブとはアゼルの偽名だ。正確にはロベルト=バルトと名乗っている。
ロブはゴンへ向けてニコリと笑いかけた。
「うん、知ってるよ」
「え、知ってたの?」
「うん、知ってたよ」
ゴンとロブの間で奇妙な空気が流れる。
「んじゃ、食っても問題ねーだろ。お前も食えよ。勿体ねーから」
庶民派代表のレオリオが、ロブの皿に焦げた肉を二、三切れ乗せていった。
しかしロブは知らん顔で、新しく並べた肉の焼き加減を見ている。
「おい、こっちから先に食えって。オイ!」
レオリオが顔をしかめる。語尾を強めて言った。
ロブの何が気にくわないのか知らないが、たまにこうやって突っかかってくる。
ロブはレオリオを見つめながら皿を持ち上げる。
「ボク、焦げたものってご飯のお焦げしか許せないタイプなんだ。だからこれは要らないよ」
なに食わぬ顔で、皿の上の肉を床にぶちまけた。
驚いたゴンとクラピカの箸が止まる。
「食べ物を粗末にするなと、親に習わなかったのか?」
クラピカが嫌悪感を滲ませた顔でロブを咎めた。
「さぁ?どうだったかな」
ロブはヘラりと笑う。親の教育はあってないようなものだった。適度に甘やかされ、後は放置されるのが常だったからだ。
ゴンが眉を下げて、ロブが落とした肉を片付け始める。クラピカもそれを手伝った。
それを見ていたレオリオは、テーブルをバン!と叩き立ち上がった。
「俺はな!お前みたいなわがままでどうしようもねー金持ちのボンボンを見てると、ぶん殴りたくなるんだよ!」
平然と座るロブを、指差しながら叫ぶ。彼は短気で喧嘩早い性分だ。
「そうなの?大変だね」
ロブはそれを意に介さないで、綺麗に焼けた肉を頬張る。
ハンター協会が用意したであろう肉は、ガッカリなことに安物だった。
「〜〜〜〜〜〜〜っこんのォ…」
レオリオは握った拳を震わせた。
ロブはポイと箸を捨て置いて、お茶で肉を流し込んだ。
「これ安物の豚肉だね。ラムチョップのローズマリー焼きとかないのかな?」
「オイ!コラ!ロベルト!テメェ!」
レオリオが握った拳を振り上げる。キレるとは、この状態を指すのだろうか。
ロブは、彼が振り上げた拳をどうするつもりなのか興味深く眺める。
「よせ!レオリオ!」
透かさずクラピカが止めに入った。
「腹が立つのはわかるが、諦めろ。性根の腐った奴というのはどこにでもいる」
クラピカは、興味をなくしてお茶の水面を眺めているロブを一瞥しつつ、レオリオを宥めた。
レオリオは「ケッ」と悪態をつく。
「…こんな奴、俺が殴るまでもねーか」
気を沈めたレオリオが席についた。
ハラハラと見守っていたゴンが、ほっと息を吐く。
「性根の腐った奴ってボクのこと?」
ロブがふとクラピカを見た。人懐こい笑顔を浮かべる。
「自覚があったとは驚きだな」
クラピカは冷たく言い返す。この青年は合って間もないというのに、酷くロブのことを嫌っていた。
ただ、悪意があるわけでは無いようなので、今のところ構わないでいる。
「あ、あーー…そう言えばキリコさんがルーキーは三年に一度受かるかどうかだって言ってたんだけど、どうして皆受けたがるのかな」
努めて明るい声で言ったのはゴンだ。
重くなった空気に耐えかねたのだろう。なんとか空気を変えようと話題を振る。
キリコとはナビゲーターのことだ。
クラピカとレオリオは罰の悪そうな顔をして、少し態度を改めた。
最年少のゴンに気を使わせたままでは、歳上の立つ瀬がない。
「それは決まっている。ハンターはとても名誉ある仕事だからさ」
クラピカがきっぱりと言いきった。この青年には理想主義者のきらいがある。
ハンターの仕事に名誉は必要だろうか。ロブは考えたが、そもそも名誉という概念が想像できない。
「名誉だぁ?いーや、金だね!金になる仕事だからさ!」
レオリオは真っ向から反論した。彼は拝金主義者になりたいそうだ。勿論、それが悪いことだとは思わない。
「そんな訳ないだろう。世の中、お前のように金の亡者ばかりではないのだよ」
金が全てと唱えるレオリオに、クラピカは呆れて淡々と言い放った。
「んだと、えー格好しいが。世の中金が全てだ!」
「金では買えないものもあるだろう!」
二人の纏う空気が、徐々に剣を帯びる。
ゴンは困った顔で笑っていたが、睨み合う二人の間に割って入れる勇気は持ち合わせていなかった。
「いーや、ないね!」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
「ない!」
ついに幼稚な言い合いへと発展する。
ロブは、可笑しくてクスクスと笑う。結局、ゴンの気遣いはあまり効果を発揮しなかったのだ。
「「ゴン!お前はどっちのハンターになりたいんだ!?」」
「え"!?えーーーっと…」
クラピカとレオリオに巻き添えを食らう形で迫られたゴンは、暑くもないのに額に汗を浮かべた。ゴンが何を答えても、二人の気は収まらなさそうだ。
ゴンはチラリとロブを見た。ロブは焼けた肉をそれぞれの皿に放っている。変なところで面倒見の良い人間なのだ。
「そ、そう言えば、ロブはどうしてハンターになりたいと思ったの?」
「ん?ボク?」
ロブは網の上の肉を全て片付けてから、ゴンと視線を合わせた。
ゴンは助けを求めて問うたが、ロブの回答には興味がある。
好奇心にきらめくゴンは、ロブに理由を求めた。
「どーせ金持ちの道楽だろ」
レオリオは決めつけてそっぽを向く。だが関心は失せていない。
クラピカは黙って頬杖をついた。
「ボクは…そうだなぁ」
ロブは少し考えた。
ハンター試験を受けようと思った理由を、特別に考えたことがない。
ロブにとっては、ハンターライセンスの価値など取るに足らないものだった。ライセンスが欲しくてここにいるわけではない。
だが、レオリオの言うように道楽で受けに来たというのも、少し違うような気がする。
「多分、お金で買えないものが欲しいからじゃないかなぁ…」
ロブは、ハンター試験を受ける理由をこう決めた。
後書き
管理人は狩人の単行本を持ってません。ハンター試験編だけ!
なので大分テキトーな感じで進んでいきますあしからず!
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