∵ トンパの災難。 


エレベーターが止まった。錆びついて凝り固まった金属が悲鳴を上げながらドアを開かせる。

「うわぁ!すごい人ーー!」

一番最初に飛び出していったゴンが、満面の笑顔をぱっと咲かせ、子供らしくはしゃいだ。
クラピカやレオリオは嬉しさ半分、緊張半分といった表情を浮かべ、ゴンように素直に喜べないでいる。
ロブは退屈を押し隠すようにあくびを噛み殺し、たどり着けた高揚感や緊張感などをひと匙も感じることなく、淡々と前方に広がる人混みを眺めていた。

会場はそれなりに広い。空気の流れから、随分と奥行きがあることもわかる。部屋と言うよりはだだっ広い通路を想像させる作りだ。

ここで試験を行うのか、それとも移動するのか、しかし移動するのは二度手間になるから、やっぱりここで試験を行うのか……。
ロブは何がつまっているのか分からないと称される頭にそんなどうでもいいことを思い浮かべて、結局分からないので考えることを放棄した。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

恐らくは受け付け係りに、ナンバープレートを差し出される。一番近くに立っていたロブが愛想良く受け取った。
受け取ったプレートには402と書かれている。
他の三人が受け取ったプレートが403から連番になっているため、ランダムな数字ではない。ロブは402人目の受験者ということだ。

「何人くらいいるのかな?」

最後にプレートを受け取ったゴンが、人混みを見渡しながら呟いた。
ロブはそれを頭を通さず脊髄反射で出てきたような言葉だと思った。つまり、大変微笑ましい質問だ。

「ゴンが405番目なんだから、君を混ぜて405人だろうね」
「あ、そっか!」

ロブは、胸に張り付けられたゴンのプレートを指先でピンと弾いて、親切に教えた。


「や!君たちルーキーだろ?」

ロブが402のプレートを胸ポケットにしまっていると、人混みの中から小太りの男が現れた。
赤みがかった大きな団子のような鼻が特徴的な男だ。
何が楽しいのか、ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべている。

ロブはすぐにピンときた。この男、悪意がある。

ロブはそういったものを察する術に長けている。
ゴンやレオリオのようにハリボテの笑顔に騙されたりはしないし、クラピカのように少し警戒しつつも寛容に相手の様子を観察したりはしない。

ロブは早速行動に移した。
腰に下がっているミセリコルデで、男の喉を突き刺し、その耳障りな声ごと命を奪ってやろうと考えていた。

ミセリコルデとは、先端が針のように尖った短剣のことだ。スティレットと呼ばれることもある。
全長は30pほどで、十字架の形をしており、突き刺すことを目的としているため両刃はついていない。
元はチェーンメイルや、鎧の隙間を狙い、敵を刺殺するために作られた武器だそうだ。
持ち運びに便利で手軽に相手を突き殺せるため、ロブは愛用していた。

「何のつもりだ!ロブ!!」

しかし、このロブの行為は、後少しのところでクラピカに阻まれた。痛みを感じるほどの力で、ミセリコルデを持った右腕を握られる。
ロブがミセリコルデに手をかけた瞬間が、クラピカからは丸見えだったのだ。
本来暗殺用の武器を、無造作に腰にぶら下げて見せびらかしていたのが原因だ。ロブはしっかりと反省した。

クラピカの鋭い怒声の後、一拍置いて漸く男が短い悲鳴を上げた。
ミセリコルデの剣先が、自身の喉すれすれで止まっていることに気づいたのだ。
真っ青になってヨロヨロと後ろに下がる男の姿から、何となく屠殺される豚を連想した。ハムになる前の豚も、きっとこの男と同じ表情をしていたに違いない。
美味しいハムのための尊い犠牲だ。

「離してよ、クラピカ。大丈夫、ちょっと刺すだけだもん」
「ダ、ダメだよロブ!おじさんごめんなさい!」
「やめねーかこのバカ野郎!いきなりなんだってんだよ!」

ゴンは男に駆け寄って頭を下げた。
レオリオらロブの行為に若干怖じ気つきつつも、しっかりチョップをかましてくれた。

「…なんで庇うのかなぁ、ハムにもならないから?」

理由がわからず、ロブは小首を傾げた。





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