前書き
いきなりラスボス(ダンブルドア)とご対面にて、下手を打てば大変な目に合いそうな予感。


主人公の基礎情報
・体が縮んでガッデム!
・漏れ鍋の店主をお得意の口八丁で丸め込んで宿泊中。
・宿泊中にここが原作の世界だってことを確認したよガッデム!
・紅茶は砂糖とミルクを入れる派。
・手紙を送ったことを後悔し始めている。
・ダンブルドア恐い。




▼ 玄関を開けたらラスボスでした。


「お久しぶりですね、先生」

 トムが笑顔で言うと、扉を開けた先にいる人物はにっこりと目元を緩ませた。

「おや、これはまっこと懐かしい。君はまさにトム・リドルではないかね?」

 親しげに声を上げた訪問者――ダンブルドアは、少年のようにキラキラと輝くブルーの瞳でトムを眺めた。
 この瞳を見て好感を抱くか、或いはその逆の感想を抱くかは人によるだろう。トムは、相も変わらず油断できない眼をした老人だ、と思った。

「はい、その通りです先生。ご多忙のところ、わざわざお時間を割いて下さったこと感謝いたします。ああ、どうぞこちらへお座り下さい」

「いやなに、よいのじゃよトム。おお!そのテーブルの上にあるのはここの店主特製のスコーンとクランペットじゃな」

 トムは腰を下ろしたダンブルドアに、予め用意していた軽食と紅茶を勧めた。
 ダンブルドアは喜んでそれに手をつけた。トムも焼きたてのスコーンにクロテッドクリームをつけて一口かじる。小麦粉の淡白な味わいが濃厚なクリームとよく合った。

 それからは暫く無言が続いた。トムもダンブルドアも互いに機会を窺っているのか、何も話さなかった。不穏とも穏やかとも言い難い空気が続く。

 トムは黙々と行っていた咀嚼を止めて、ちらりとダンブルドアを見る。真っ白な髭を蓄えた老人は、やはりと言うべきか、トムの記憶にあるその人よりもずっと老け込んで見えた。
 肌の艶が失われて行くのとは反比例にシワが増え、指先はまるで枯れかけた小枝のように細り、鳶色だった髪と髭は眩むような白色に変わった。
―――白は死の色だ。トムは、この年老いたダンブルドアの姿に死を垣間見たような気がした。どんなに偉大な魔法使いでも、歩み寄る死を遠ざけることはできない。 

 ダンブルドアはトムが注いだ紅茶に蜂蜜をたっぷりと入れた。ミルクを入れなかったのは、紅茶がダージリンだったからだろう。トムは角砂糖を二つばかり入れて頂いた。

「さて、トムよ」

 紅茶を一口啜ったダンブルドアは、半月型の眼鏡から覗くブルーの瞳で、向かいに座るトムを見据えた。
 この老人の全てを見透かそうとする瞳が、トムがダンブルドアを苦手とする所以だ。

 トムは内心の焦りや不安を悟られないように、弛く口角を上げる。ダンブルドアを己のもとへ招いたのは、一種の賭けだった。…決してギャンブラー向きの性格ではないと自負しているトムは、実はこういった賭事にメンタル的に弱かった。
 その為トムは、己の人生を世界征服(笑)に賭け丸っと棒に振ったヴォルデモート卿に呆れを通り越して尊敬の念を抱いている。
 いつの世でも周囲の尊敬の念を集めるのは、まことの天才かまことの愚か者のどちらかだ。勿論トムの中では、ヴォルデモート卿は後者に分類された。
「手紙を見たときは半信半疑じゃった」

 ダンブルドアは優しい口調で言い、トムは当然だろうと頷いた。 

「先生がそうお考えになったのも仕方の無いことです。僕自信、己の身の上に起きたことでなければ俄には信じられなかったでしょう」

 トムは神妙な顔で答えた。もし自分があの手紙を受けとる立場だったなら、トムは全く相手にしなかっただろう。
 何故ならトムは、純血主義の代わりに面倒事には可能な限り首を突っ込まない主義を掲げて生きてきたからだ。面倒事の臭いしかしない手紙など、真っ直ぐゴマ箱行きになったに違いない。事無かれ主義万歳だ。…そのしっぺ返しとしてこの事態が引き起こされたのだとしたら、これまでの行いを悔い改め必要があるが。

 ダンブルドアはトムの言葉を受けて大きく頷いた。

「さよう。実を言うとワシは今日ここを訪ねるかどうか、つい先ほどまで決めかねておった」

 トムはまたも当然だろうと頷いた。しかし同時にこの台詞は嘘だとも思った。
 ダンブルドアはその生きてきた年月と経験から、狡猾であり打算的でありマキャベリ的策謀家であるが、その実生粋のグリフィンドール生だった。
 トムがその目で見てきた限り、多くのグリフィンドール生は(勿論例外もあるが)好奇心が旺盛で少し向こう見ずな傾向にあるオプティミズムだ。それが勇敢さや正義感と繋がるかどうかは人によるが、ダンブルドアの好奇心と正義感は人一倍強い。まさに絵にかいたようなグリフィンドールだ。
 したがってその性により、トム・マールヴォロ・リドルの名で書かれた手紙と内容の真偽を確かめずに日々を過ごすことなどできない。

「しかし先生はいらっしゃった。差し支えなければその理由をお伺いしてもよろしいですか?」

 トムは揃えた膝の上に手を乗せながら、ダンブルドアを真っ直ぐと見据えた。ダンブルドアの背後にある窓から、真っ白な梟が飛び立つ様子が見えた。 

「おお、勿論じゃ。ワシは生徒の質問には何だって答えるよ。ワシが答えられることならばの話じゃが」

 言葉とは便利だ、と頷きながらトムは思った。

「では改めてお聞きしますが、何故ここへいらっしゃったのですか?」

 ダンブルドアはトムの瞳を見つめながら、ニコリと微笑んだ。

「…ワシは今日ここへ来るにあたって、色んな可能性を考えた。じゃが時と場合によって、考えるという行為は決して良いことばかりではないと気づいたのじゃ。過ぎたる考察は自分の素直な気持ちをないがしろにしてしまう。つまり、ワシは君にただ会いたかったのじゃよ。会って色んな話をしてみたかったのじゃ」

 ダンブルドアはそう言って、静かにティーカップをソーサーへ戻した。
 トムは、そんなダンブルドアのキラキラしたブルーの瞳が一瞬だけ陰りを帯びたことを見逃さなかった。老人の瞳に宿る陰りには、ゾッとするほど淋しいものがある。

「…しかしのォ、トムよ。その幼い姿がまことに正しい姿なのか、ワシにはよく分からなくなってしもうたよ。君は確かに利発な子じゃったが、それにしても少し大人びすぎてはおらんかね」 

 ダンブルドアは茶目っ気たっぷりに首を傾げた。ほぼ確信を持っていても本人の口から言わせたがるのは、トムの知るダンブルドアと同じだ。

 トムはティーカップをソーサーに戻し、居住まいを正す。漸く本題だ。

「なるほど、決して見た目に惑わされない先生は偉大な方です。混乱を招くと思い手紙には書きませんでしたが、私はもう二十歳を過ぎています」

「なんと…、不思議な事じゃ。半世紀もの時を越えたばかりではなく、姿まで変わるとは…!」

 ダンブルドアは素直に驚いた。
 トムは苦笑する。やはり己の身の上に起きた事は、この老成した魔法使いですら驚くほどの出来事らしい。ただし、もしダンブルドアが日本人だったなら、日本にはAPTX4869という薬があるのでここまで驚かなかったかもしれない。
 ダンブルドアは白い豊かな髭を数回ほど撫で、フムフムと頷いた。

「してトムよ。二十歳を過ぎた君がワシに助けを求めた理由はなにかね?」

 言葉こそ優しく穏やかであるが、ダンブルドアの瞳の奥が鋭い光を放った。その理由は明白だ。こちらの二十代前後のトム・リドルといえば、おそらくヴォルデモート卿として水面下であやしい活動を始めている頃だ。それを知っていて警戒しない方がおかしい。
 トムはなに食わぬ顔で首をかしげながら、予め用意していた答えを言った。

「何故、と言われましても…貴方がホグワーツで校長を勤めていると聞いた時に、貴方を頼るのが一番だと考えたからです。50年も経った未来で己がどうなっているのかを知りたくはないですし、貴方ならそれを慮って下さると確信していました」

「ふむ、やはり君は賢い子じゃ。そう、己の未来など知ればいずれ後悔しよう」

「はい、それに私はDADAの教師としてホグワーツで働いていたので、貴方の…」

「働いていた?ホグワーツでかね?」

 トムの言葉を遮り、ダンブルドアは思わずといった様子で身を乗り出した。
 トムは様子の変わったダンブルドアに驚いた顔で頷き返した。勿論本気で驚いたわけではない。こちらのトム・リドルは、この老人によってホグワーツへの就職を拒否されていたと記憶している。

「はい、先生が是非にとおっしゃって下さったのですよ。忘れてしまったのですか?」

 トムはわざと可笑しそうに笑いながら、自分のカップにティーポットから紅茶を注いだ。そしてダンブルドアのカップに目を移すと、ほぼ空になっている。

「先生にもお注ぎしましょうか?」

「…おお、頼もうか」

 トムがポットを高めに持ち上げると、ダンブルドアは一瞬目を揺らしてから頷いた。注がれた温かい紅茶を眺めるブルーの瞳には深い思案の色が混じっている。

「先生、それで先生は私の身に起きたことをどうお考えになりますか?」

 トムはあえて、ダンブルドアの動揺など素知らぬ振りをして尋ねた。そしてこの問いをすることこそが、トムがダンブルドアをここへ招いた一番の理由だった。勿論、元の世界へ帰る方法が解らず、この世界へ留まることになった時にダンブルドアの後ろ楯が欲しいという打算もある。
 しかし、ここでもし自分が元の世界へ帰れる糸口が見つかるなら、余計な心配をする必要もなくなり、トムとしては願ったり叶ったりなのだ。…尤もその可能性はかなり低いだろうと覚悟しているが。
 トムの身に起きたことは、平たく言ってしまえばトリップだ。
 それもトム・リドルの成り代わりが原作へ若返りトリップするというややこしいおまけ付き。頭の痛い状況だ。
 しかも、トムがこちらへトリップしてしまった明確な原因はわかっていない。夢で自称神様に原作キャラ救済を頼まれたわけでもなければ、マンホールに落っこちたわけでもない。懐中時計を持った白ウサギを追いかけて不思議の国に迷い混んだわけでもない。
 トムの冷静な頭は、現段階で元の世界へ帰るのことはほぼ不可能と判断していた。となると、やはり後ろ楯が必要だった。

「…君の身に起きたことは、手紙に書いてあった事が全てなのかね?」

 ホグワーツへ送った手紙には、ことの次第を詳細に書き記してある。

「はい。体が若返っていたこと以外は」 

「ふむ、そうか…。これは実に摩訶不思議な現象じゃ」
 
 ダンブルドアは片手で髭を撫でながら、もう片方の手で己の膝をトントンと叩く。深く深く考えこんでいる様子だ。

「トムよ。…君の言っていることに嘘偽りがあるとは思っておらん」

「はい。誓って嘘はついていません」

「ふむ、じゃがそうすると、ワシと君との間には奇妙な食い違いが起こるようじゃ」

 ダンブルドアは話すことを躊躇うように、紅茶に口をつけ、喉を潤した。

「食い違い、ですか?」

「さよう。とても大きな食い違いじゃ。ワシの記憶が正しければ、君がホグワーツの教師であったことはただの一度もない」

 きっぱりと言い切られた台詞に、トムは口を噤んだ。トムの中では、教師として過ごしたホグワーツでの記憶が鮮やかに残っている。それを真っ向から否定されると、想定の範囲内とはいえ返す言葉が見つからない。

「トムよ、そんな顔をせずともよい。ここからの話はワシの推測の域を出ないが聞いてもらいたい」

「…はい勿論です。是非お聞かせ願いたい。」

 トムは気を取り直して、ソファーに浅く腰かけ直した。

「うむ。先ず誤解しないで聞いて欲しいのじゃが、もしかすると君はトムではないのかもしれん」

「……は?」

 トムは面食らった。思わずソファーからずり落ちる落ところだった。
 確かに今ダンブルドアと相対しているトム・リドルは、こちらの世界のトム・リドルとは別人と言っていいのかもしれない。しかし、トムはトムであって、トムでないということはない。
 この老人にしては、何か言葉が足りなすぎる。

「…斬新な発想ですね」

 トムは取り合えずこう答えるだけに留めて、ダンブルドアの次の言葉を待った。

「斬新というよりはむしろ暫定的な発想じゃ。これからさらに切り詰めていく必要がある」

 ダンブルドアは一人で納得しているのかにこやかに髭を撫でていた。
 トムは何となくダンブルドアの言いたいことを理解したが、このままダンブルドアのペースで話を進めていっても良いのか少し迷う。たが迷ったところで、ダンブルドアから話の主導権を奪えるとは思えない。

「…切り詰めるとは、どのような方法ででしょうか?」

「なに、難しいことはない」

 トムが尋ねると、ダンブルドアは茶目っ気たっぷなウィンクを見せつつ言った。

「ただのお喋りじゃよ」




※APTX4869→コナン君が飲んだ薬。
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