梔子は鼻が利くわけではないが、それが饐えた血の臭いである事はすぐに分かった。

8日目の朝。
とうとう、未だ屋敷に留まり続けたがる富豪への不審感が吹き出した梔子は、行動を起こしていた。
富豪に直接会って、確かめなければならない事があった。

梔子の不審は、師であるダイコクにまで及んでいた。
ダイコクは、毎日5回は安全確認のためと称して富豪と会っていながら、一週間以上もこの屋敷に滞在することを容認している。
そればかりか、ここ数日は富豪を説得しようとする意思すら無くしているように見えた。
梔子は、この事を他のチームメイトには相談しなかった。
相談すれば、それがダイコクに筒抜けになることは明らかなのだ。
チームメイトは、己らの師を信頼するあまり、疑う術を持たなかった。
信頼することと疑わないことはイコールではないが、それが分かるのは梔子だけだった。


そして梔子は、早朝を狙い誰にも悟られぬようにひっそりと、富豪が寝ているはずの部屋に侵入した。
富豪には身の回りの世話をする付き人が2人いたが、この時間は朝食の準備に忙しく部屋にはいない。
チームメイトの2人は屋敷内の警備中。ダイコクは外の見回りをすると言って出て行ったばかりだ。
侵入するのは容易だった。

しかし、いざ部屋に入ってみると、そこはもぬけの殻だった。
綺麗に整えられた布団の中に手を差し込んでみたが、ひんやりと冷え切ったシーツの感触しかしない。
昨夜、ダイコクはここで富豪が眠りについているのを確認したと言っていたが、このベッドが使われなかったのは明白だ。

そして、微かに残る血臭。
錆臭さに混じってタンパク質の腐った甘苦さが鼻の奥で泥のように粘り付き、昨日今日で流されたものではないことを訴えていた。

梔子は思わず乾いた笑みをこぼしていた。
信じていたもの全てに裏切られたような気分だった。
ダイコク先生の優しい微笑みと、思い詰めたような苦悩の表情が頭の中で交錯する。



梔子は、富豪の部屋を侵入した時よりもずっと慎重に脱出した。
そしてその足で真っ直ぐ流し台に向かうと、動揺した心を落ち着けるため、壷に貯めていた湧き水を口に含み、すぐにハッとして吐き出した。
朝食の準備をしている付き人が薪を割りに出ていて良かった。
誰もいない事を確認した梔子は、零れた水を丁寧に拭き取ってから、鉛を肺に詰めたような重たい息を吐いた。

水にも食料にも、何が混ざっているかわからない。
敵は既に潜り込んでいるのだ。
子供にしてはよく回ると褒められる頭は、最悪のシナリオを作り上げていた。
梔子はとにかく誰かに知らせなければと思い、踵を返した。
先ずは市松に相談しようと、足先を向ける。

しかし、ふと立ち止まる。

市松は、小夜は味方なのだろうか。
敵と通じている可能性がないと言い切れるのだろうか。
ここは騙し騙される忍の世界だ。
言葉は薄っぺらく、真実は容易に覆される。

生唾を飲み込んで、深く深く考える。

富豪の安否など、この際どうでもいい。
仲間が本当に仲間なのかもわからないならば、最も優先すべきは自分が生き残ることだ。

梔子は、サッと体の向きを変えて地下室を目指した。


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