「あの馬鹿、どこに行った?」

俺は朝食の乗ったプレートを片手に持ちながら左右を見渡した。

「トール君、いないの?」

既にプレートの料理に手をつけている小夜が、口の中の鮭を飲み込んでから言った。
今日の朝食は白米に焼き塩鮭としめじの味噌汁、それと切り干し大根の煮物だった。
料理はいつも富豪の付き人が作ってくれている。

「そうだ。今まで朝餉の時間に遅れたことはなかったが・・・」

「そう言えば、ダイコク先生もまだ戻ってこないね」

「ああ」

俺はプレートをテーブルに置いて、頬杖をついた。
小夜の隣に座った事に他意はない。向かい合って食事をするのが恥ずかしいとか、そんな理由では、勿論ない。

「先に頂いていよう」

「もう食べてるよ、今日のは少ししょっぱい」

小夜は味噌汁を啜ってその感想を言った。彼女のプレートは既に半分ほどなくなっている。

「お前はもう少し協調性を持つべきだ」

口ではそう言いつつも、この自由気ままなところが小夜の魅力だと思う。
梔子に言ったら趣味が悪いと言われた。大きなお世話だ。

「トール君、きっと飽きたのね。7日もこうしてるもの。遊びたい盛りなんだわ」

「今日は8日目だ。梔子に遊び盛りなんてあるものか 」

「そうね、トール君って変な所で大人びてるものね。でもこないだおままごとに付き合ってくれたの。やっぱり遊びたい盛りなんだわ」

「お前の鬱屈したままごとに付き合えるあいつの精神力には完敗だ」

下忍時代に一度だけ小夜のままごとに付き合ったが、とても楽しい内容ではなかった。

「こないだのおままごとはね、サダ子の呪いがかかった巻物があってね、それを見た忍者は一週間後に巻物から出てくるサダ子に呪い殺されるっていう設定だったの」

「ほう、口寄せの術の類か」

「サダ子は念じただけで人が殺せるのよ」

「強力な忍術じゃないか。最低でも呪いの巻物を見せるという条件をクリアしなければならないのだな」

「でも写し書きした巻物を他の誰かに見せれば、サダ子の呪いのは免れるの」

「回避法があるのか。それも簡単な方法だ。発動までに一週間かかるのも良くない。面白い術だが実践には向かんな」

今回のままごとは口寄せの術を絡めた内容らしい。以前よりも忍らしい内容になっている、何よりだと思う。

「煮物、美味しい?」

話題が急に変わった。小夜にはよくあることだった。

「ああ、有難いことにな」

切り干し大根の食感が残るように作られた煮物は、噛むたびに小気味良い音が鳴った。

「そうなの。美味しいのねぇ」

小夜はまだ煮物に箸をつけていなかった。
俺は煮物を食べ終えた。

「そうなの。美味しいのねぇ」

同じ台詞だ。
俺は小夜の横顔を見る。無表情だった。

「そうなの。美味しいのねぇ」

無表情で、小夜はまた同じ事を言う。
何か変だ。

「・・・小夜?どうした?」

俺はこちらを見ない小夜の顔を覗き込むために立ち上がろうとした。
そして気づいた。
足が床に縫い付けられたように動かない。

「小、よ・・・・・・」

急に呂律も回らなくなっていた。
何事か起こっている。しかし、何が起きているのか分からない。
頭の芯がふやけて溶けて無くなるような感覚を覚えた。心地よい酩酊感に身を委ねそうになる。
己の体は、己からの支配を解かれたように、瞬き一つ言うことを聞かなかった。

「そうなの。美味しいのねぇ」

小夜は俺の異変に気付いていないのか、前を向いたまま座っている。
なぜ同じ台詞を繰り返すのか聞きたい所だが、舌が歯茎の裏に引っ付いて離れない。

「そうなの。美味しいのねぇ」

そして再び気づいた。小夜の口は動いていない。



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