「私の妻は椿の花が好きでね」
ダイコク先生。
俺たちの上忍師は椿の花を愛でながら、朗らかに言った。
「赤茶の髪なんだが、日に当たると赤みがましてね。この椿の花のように鮮やかな色を、」
「先生、のろけ話は他所でお願いします」
「ははは!梔子は相変わらず手厳しいなぁ」
俺たちはよく、奥方の話を聞かされた。それに冷めた視線で応じるのは梔子の役目だった。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。梔子曰く、そんな女性だそうだ。
俺もいつかご挨拶したいと考えているが、なかなかその機会は巡ってこなかった。
奥方が病に倒れたのは、秋風が身を刺す頃だった。
「先生元気ないね。私、心配」
「元気ないというか生気がないね。もう少しシャンとしてもらいたいよ」
小夜と梔子の会話だった。
物憂げな小夜に対し、梔子はすっかり冷めきった表情をしていた。
「トール君冷たいね。一晩おいた味噌汁のようだね」
「それ、もっと他にいい例え方はないの?」
「冬にコタツに入って食べるアイスみたいに冷たいね」
「それは凄く美味しいやつでしょ」
「冬は大福の中にバニラアイスが入ったアレが美味しいよね」
「俺はチョコミントがいい」
「歯磨き粉味のアイス」
「違います!」
アイスの話なんてどうでもいい。
とにかく、ダイコク先生の落ち込みようは凄まじかった。
奥方の病状を誰も尋ねはしなかったが、芳しくない事は容易に察せられた。
ダイコク先生は奥方との思い出話に蓋をするかわりに、思いつめたような顔をすることが多くなっていった。
そんな時、里の外へと赴く任務が入った。
ある富豪の命が狙われているため、木の葉の里で匿う運びとなった。その富豪を無事に里まで護送するのが、我々に課せられた任務だった。
富豪の住まいは里から遠い。
2、3日では帰ってこれないだろう。
梔子も小夜も、勿論俺も、この任務を受ける事には反対した。
他の忍仲間たちもダイコク先生を止めたが、先生は聞かなかった。
「仕事に私情は挟まない。忍として当たり前のことだ。今の私は不甲斐なく見えるかもしれないが、私にも忍としての矜恃を持たせておくれ」
そう言われてしまえば、皆黙って頷くしかなかった。
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