私は酷い行いをしてしまった。
民間人を二人殺したのだ。
一人は幼い子供で、一人はその母親だった。



あの時、私は敵に囲まれていた。
仲間ともはぐれ、私の傍にいたのは手招きする死神だけだった。

死にたくない。それが私の素直な気持ちだった。
里には妻を残している。
私が死んだらとても悲しみ、そして枯れるほど泣くだろう。とても一人では生きていけない女だ。
彼女の事を考えると、死が何よりも恐ろしくなった。
この時の私は、忍としての覚悟をどこかへ置き忘れていた。

私は山中の廃家に隠れて、敵が諦めるのを待つことにした。
情けない選択であったが、これしか生き延びる道は無かったのだ。
その廃家で、どれくらいの時を過ごしたのか。後になって分かった事だが、私はそこに二日ほど隠れていたらしい。だがあの時の私は、それが永遠と続くように感じていた。

廃家での私は、ひたすら息を殺し、まんじりともせず過ごした。
極度の疲労と緊張で手が小刻みに震えた。指先の感覚が鈍り、持っているクナイの感触は失われていた。
口がカラカラに渇き、喉が張り付いて呼吸が苦しくなることがあった。そんな時は舌を少し噛み切り、己の血で喉を潤した。
頭は冴えていたが、視界には霧がかかるようになっていった。
そして、幻覚を見るようになった。
薄暗がりで蠢く無数の手が、私には見えていた。
私は、おかしくなっていた。

そんな時だった。

カタン、と。物音がひとつ。

私は敵に嗅ぎつけられたのだと思った。
武装した敵の忍が、私を殺すために仲間を引き連れて来たのだ。
私と妻を永遠に引き離しに来たのだ。
私の肉を切り裂き、それを豚肉と言って妻に売りつけるに違いない。
そんな風に恐れる私の考えを読んだのか、死神が音も立てずに笑った。私には笑い返す余裕もなかった。
薄暗がりで蠢いていた手が、私の足を掴もうと這い寄ってきていた。これに掴まれたら最期だ。あっという間に根の国へ引きずり込まれてしまう。
私はここで死ぬのだ。

死、ぬ


「ああああああああああああああああああ!!!」


誰かが叫んでいた。喉が焼けるように痛かった。
生温い液体が顔にかかる。鉄臭い。すぐに血だとわかった。
誰の血か。私のか。いいや、私のものではない。
私はクナイを持っている。それが肉を引き裂いたのだ。
敵の肉だ。敵の血だ。わたしは勝ったのだ。
私は敵を殺したのだ。だからもう大丈夫。


「何をしているの・・・」


恐れを含んだ女の声だ。
いつの間にか、私の前には女が立っていた。佇まいからして忍の者ではない。
おそらく近くの村の住人だ。

女は私と女の間に転がっている小さな塊に駆け寄った。
女が抱き上げたのは子供だった。
腹を裂かれて死んでいる、子供の死体だった。
女はそれを見て泣き叫んだ。死体にむかって、名前を何度も呼びかけていた。
まるでその死体の母親のようだった。
私は咄嗟に母親の口を塞いだ。
敵が外を彷徨いているのだ。騒がれては見つかってしまう。
見つかれば殺される。殺されるとどうなるのだろうか。
私の皮膚は鞣され、鞄にされるに違いない。それを妻が買うのだろう。
また死神が笑った。
この母親は状況が分からないのか、ひどく暴れた。何度か酷い言葉で私を罵りもした。
私は彼女の為と思い、必死に抑えつけた。見つかれば、彼女も殺されることは明白だったからだ。
そうしているうちに、母親は動かなくなった。状況を分かってくれたのだと思って、私はホッとした。
辺りは静寂に包まれた。

母親は、死体になっていた。

私の前には母と子の死体がひとつずつ。
私は少し呆然とした。
誰が殺したのか。勿論、敵に違いない。いつの間にか忍び込んでいたのだ。そして母親を殺したのだ。
私に気づかれることなく母親を殺したのだ。そして私を見逃して行ったのだ。

そんな馬鹿な話があるか。
死神が言った。

死神はとても真摯な顔をしていた。誰かによく似た顔をしていた。
私は暫く死神を見つめた。死神も私を見つめ返していた。

そして、気づいた。

子供は腹部を裂かれ、母親は首を絞められて殺された。
私によって。
死神は、私だったのだ。


「あああああああああああああああああああ!!!」


また誰かが叫んでいた。
叫んでいたのは、私だったのかもしれない。
しかし、もうよく覚えていない。


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