市松は、虫の息だった。

薬で眠らせているにも関わらず、呼吸は荒く、次第に浅くなっていった。
脈は90/minを超えている。
額に浮かぶ玉のような汗が、体温の異常な上昇を表している。
恐らく、外傷部より細菌が侵入し、敗血症を起こしている。
血管内は酸素も栄養も豊富であるがため、細菌が入ると爆発的な増殖が起こる。これによって引き起こされる全身性炎症反応を敗血症と呼ぶのだ。
出血により体力の低下が著しい市松では、自然免疫による回復は見込めない。
この場合は、強力で、なおかつ広域スペクトルを持つ抗生物質を、点滴投与することが望ましい。
しかし、梔子の手元には一般的な風邪薬であるマクロライド系抗生物質のタブレットしかなかった。
一応飲ませてはあるが、内服薬は効きが遅いうえに、マクロライド系では効果はそれほど期待できない。
そして、梔子は下忍の時に一度、これと同じ状態の人間を見たことがある。
だから、分かってしまった。

市松は、もうすぐ、死ぬ。


しばらくの間、梔子は市松の傍で項垂れていた。
医療忍術を使えない梔子では、してやれる事は、もうない。
ここにいるのが小夜ならば、あるいは市松を助けられたかもしれない。
彼女は医療忍術をよく学んでいた。


ふと気づくと、梔子は、地下で小夜を見つけた時のことを思い返していた。
小夜の遺体を見て、まず思ったことは『ここから逃げなければ』だった。
痛ましい姿の小夜を弔うことも、市松の安否の確認も、全て放棄して、己の保身を優先したのだった。

仲間を見捨て、己だけ助かろうとする淺ましさが、梔子にはあった。
それは、争いのない社会ででぬくぬくと暮らしていた頃の残渣だ。

もし、自分に前世の記憶がなければ、この世界の主人公たちのように勇敢になれたのかもしれない。
もし、自分に市松を探す勇気があれば、市松はこんな場所で死なずに済むのかもしれない。

もしもの世界が頭に浮かんでは消えていく。
それでも、現実はただ一つ。

ここには死にかけの市松と、臆病者の梔子がいるだけだった。

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