visitor [ 6/11 ]
「ありがとうございました」
開店して数週間立つけど、若い層を中心にお客さんが来てくれて商売繁盛している今日この頃。
引っ越して来た当初は、まさか、目の前にケーキ屋があるだなんて思いもしなかった。
今日来てくれたお客さんがすべて目の前のケーキ屋から流れてきた、なんてこともありえる。
申し訳ないな……。
ふぅ、と静かな店内で溜め息をつく。
もうすぐ閉店時間だし、そろそろ片付けしようかな…。
そう思ったときだった。
カラン、
お客さんがやってきたようだ。
「いらっしゃい……、え」
「なんだよ、その顔。
もっと喜べよ、真琴」
お客さんかと思ったら、俺が一番苦手とする人物だった。
「……なにしに来たんだよ」
「なにって、……お前に会いに来た。
…て、言ったら怒るだろ?
ケーキ買いにきた」
相変わらず涼しい顔をしていて、すこしむかつく。
「…ご注文は?」
「オススメは?」
「…レモンタルトです」
「じゃあ、それ3つ貰う」
「かしこまりました」
ショーケースから3つタルトを取り出すとき、カウンター越しに頬に手を当てられた。
「なっ…」
「なんで3つ買うのか、気にならねぇの?」
悲しそうにこっちを見るから、すぐに手を振り払うことなんてできなかった。
「ご結婚でもされたんですか…」
「……そうだって言ったら、どうする?」
「…別に」
スルッ、と首筋を指先でなぞられる。
「っ、」
「はは、首が弱いの変わんねぇな」
カッと頬に熱を持ったのが自分でもわかった。
このまま雰囲気に流されそうになるのが嫌で、包装したタルトを慌てて押し付けた。
「やめてください」
「悪かったって」
お代を貰ってここから出ていくのを見届ける。
「また来る」
ふ、と笑う彼は昔と変わらず、男前だった。
カラン、と音を立てて消えた彼が、何故か脳裏に焼き付いた。
「もう来んな、………楽」