いらっしゃいませ | ナノ
second contact [ 5/11 ]

今、俺は『citron』というケーキ屋の前にいる。

つまり、うちの目の前にできたケーキ屋の前。


あの人と会ってから数日がたつ。

俺はあの日から、常にあの人のことを考えてしまうようになった。


これは、たぶん……。


一目惚れ、だと思う。


自分の気持ちを自覚した瞬間、会わなきゃいけない、という謎の使命感で、ここまでやってきたのだが…。


現在、午後8時。

目の前の灯りもついていない暗い店内がガラス越しに見える。


「閉まってる……」


ああ、うん……。
もしかしてー、て思ってたけど…。

はぁ、と落胆して店の前でなんとなく腰を下ろした。

せっかく来たから、すぐ帰りたくはなかった。

あの人はいないけど、もう少しだけ、ここにいたかった。


ぼんやりとしていると、店のほうから物音がした。


そういえば、裏口のほうにいるかどうか確認してなかった…!

かすかな希望が見えた気がした。

俺は立ち上がって急いで店の裏口へ向かった。



「あれ…?君、この前の…」


ああ、やっと会えた。


きょとんとこちらを見るあの人。

どうしよう、俺、今髪型乱れてない…?!


「ごめんね、もう閉店時間なんだ」

「あ、いや、俺はあなたに用があって」

「え?俺に…?」


あの時、言えなかったことを言うって決めてたんだ。

まず、俺のことを知ってもらいたい。

そして、この人のことを知りたい。


だから……、


「俺、和泉三月って言います!」

ーー俺の名前を覚えてほしい。


俺が緊張気味にそう言うと、あの人は少しぽかん、とした後、俺の近くまで歩み寄ってくれた。


「お向かいさんだよね?この前挨拶に来てくれた。
俺は相良真琴って言います。三月くん、て呼んでもいいかな?」


相良 真琴、さん……。

名前を知れただけで、こんなにも胸があたたかくなるなんてこと、初めてだ。


それに、俺のこと、名前で呼んでくれるなんて…!!

「はい、もちろん!」

「ふふ、ありがとう。
よろしくね、三月くん」

ふわ、と笑った相良さん。

かすかに檸檬の香りが鼻をくすぐった。




その後の記憶はほとんど覚えていない。

気がつけば、寮の自分の部屋にいた。




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『citron』はフランス語で檸檬という意味です。

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