07


翔音くんがうちにきて3日目の朝。
傷がまだ完全に癒えていない彼の朝は遅い。
私はいつも8時には家をでるけど、昨日も今日も会わなかった。
まぁ藍咲家の朝食はいつもパンとスープくらいだから、朝ご飯に困ることはないだろう。


それに朔名もいることだし。

ちなみに朔名はだいたい9時に家をでるみたい。
カフェで働いているって聞いたことあるから、一般の社員よりも遅い勤務時間なのも頷ける。



今度遊びに(からかいに)いこうかなー。










教室にはいるとすでに私の後ろの席に玲夢がいた。
玲夢のとなりにはもう1人女の子がいる。
私は自席に歩み寄った。


「おはよう、玲夢、柚子」

「あ、おっはよー芹菜!!」

「おはようございます芹菜さん」



玲夢は手をあげて元気よく挨拶、柚子は手を前に首をちょっと傾げながら微笑んで挨拶。

うん、すんごい対照的ね。



この敬語ではなしている子は北条柚子。
女の子らしくてほんわかしててすごく可愛い子。
クラスのマスコット的存在かな。




「にしても午後はめんどくさいよねー」

「そうですね……疲れちゃいますし」

「え、何のはなし?」


いつの間にか会話が進んでいて聞いてなかった。
2人とも困った顔してるけど、なんだろう。



「芹菜って授業のことはほんと無関心だよねえ。スポーツテストだよ今日からの体育は!!毎年4月の体育はそうでしょーが」

「あ」

「それに、最初に外種目を終わらせるそうなので、今日は50m走の記録を測るみたいですよ」



柚子は困ったように微笑む。
その笑顔癒されるなぁ………なんて考えてる場合じゃないよ。




「ごめん、私体育の時間サボるね」

「何をおっしゃるのですか?芹菜さんも道連れに決まっているじゃないですか(ニッコリ」

「笑顔で何物騒なことおっしゃるの」




前言撤回しよう。
癒されるどころか笑顔で脅してるよこの娘。





時間っていうのは意地悪だ。
早く終わってほしい授業はすごく長く感じるし、その逆もまた然り。


今日の体育は6時間目最後の授業だ。
いつもなら昼休みまで長いくせにそれはあっという間に過ぎて、昼休み、5時間目ときてさぁ悪夢の6時間目がやってきた。



男子は教室、女子は更衣室で着替える。
4月なのでジャージは上だけ着用可だが、走るときはもちろん半袖半ズボンでやらなきゃならない。

個人の意見としてだけど、ジャージの着用くらい人それぞれじゃいけないのかと思うのは私だけか。



まず最初は女子が2人ずつ走る。
ストップウォッチで測るのは男子。
全員終わったら男女入れ替え。



男子の前で走るだと?
女子としては抵抗のあることだ。
足遅いのバレちゃうじゃないっ。

けど地団駄を踏んだところで何かが変わるわけでもなく、まず最初の走者がスタートした。


「いやー、楽しそうだねえ50m走!!」

「あれ、玲夢朝スポーツテスト嫌そうな顔してなかったっけ?」

「スポーツテストはね。あたし唯一シャトルラン嫌いだからさ。でも50m走は大好き!!走るの気持ちいいじゃん」



ああそうだ忘れてた。
玲夢は陸上部じゃないけど、足はすごく速いんだった。

いるよね、こういう人クラスに絶対。
平凡な私には理解に苦しむ感情だ。



パターンは2つある。


“一緒に走ろう、抜け駆けは禁止だからね!!”

なんていって自分から抜け駆けしたり、

“私のほうが足遅いから”

とかいっときながらさっさと抜かしていくか。



結局抜かされるんだわ。

ペアを自分より遅い人にすればいいんじゃない?
いやいやいやいや、ペアは自由だからできないこともないけど、仲がいいからこそ私は玲夢と走ることになるんだ。


というか真っ先に、
「芹菜一緒に50m走ろーっ!!」


なーんてキラキラした笑顔で言われたら断れないだろうがあああああ。







「どうしたの芹菜?次あたしらの番だよ?」

「え、あ……うん」


おっといけない、余計なこと考えてたらまた時間がたってしまったようだ。


私と玲夢がスタートの位置につく。
左側に私、右側に玲夢。
私の左隣にはコールをする男子がいる。

高校ではクラウチングスタート。
これが走りやすいみたいだけど、私的にはむしろやりにくい。


風の抵抗が少なくてすむ?
知らんがな。
私の場合、この体制から上体を起こして走り出すまでの時間が余計にかかるんだ。




「よーい……」


コールの声が響くと同時にクラウチングスタートで構える。
隣をちらっと見れば同じように玲夢も構えている。

様になってるなぁ。
あれ、何この差。



「スタート!!」


旗が振り上げられる音を聞いた瞬間、地面を蹴りあげる。
風の抵抗があろうととにかく走ろう。
顔をあげてみえるのは50m先のゴールただ1つだ。





走り出して見えたのはゴール先の記録を測る人たち、






ではなくざらざらした砂。
みんなの靴がよくみえる。


あれ?何が起こった?



「大丈夫ですか芹菜さんっ」


頭上で柚子の声がする。
え、頭上っておかしくない?
私のほうが背高いのに。


私の身体が柚子によって起き上がる。
身体中がビリビリと痛い。


「いっ……つー……」

「芹菜さん頬から血がでてますっ、膝も擦りむいてますし、保健室にいかれないと……!!」

「……どうりで痛いと思った」



まわりのみんなが痛そうといっているのがよく聞こえた。
校庭の砂って結構痛いんだよね。



「大丈夫芹菜っ!?」


走るのを中断して戻ってきた玲夢が駆け寄ってきた。


「うわぁ痛そう……あんた派手に転んだからねー……」


私の頬と膝の傷をみて顔をしかめる玲夢。
やっぱり私転んだのか。

私自身何が起こったのかわからなかった。
気づいたら地面とこんにちわ。



「とりあえず保健室いこうか、そのままじゃヤバいっしょ」

「あ、私1人で行くから大丈夫だよ」

「え、でも」

「ただ転んだだけだからさ。ありがとう玲夢」



付き添おうとした玲夢を断って、私は先生に事情を説明して保健室へとむかった。




「貴女馬鹿ねえ、スタート地点で転けるなんて」



保健室には30代の女の先生がいた。
彼女――北山先生がここ保健室の先生である。
仕事ができる女だと学校でも評判な人だ。


「え、何で知ってるんですか」



まずは頬の傷から手当てしてもらい、ガーゼが貼られた。
そして膝の傷にとりかかる。



「知ってて当たり前よ、何のために保健室が1階のグラウンド側にあると思ってるの」


あぁなるほど。
要するに怪我したらすぐにわかるってわけね。



「……女の子が顔に傷なんかつくって」

「でも顔に傷って何かかっこよくありません?」

「不細工よ」

「あ、そうですか」



即答だ。











「はあい、手当て終わったわよ。もう転んだりしたら駄目よ、スタート地点で」

「保健室の先生が傷口ほじくり返さないでください」




北山先生にお礼をいって保健室を後にした。








もう時間的にHRか。
嫌だなあこの格好で教室に戻りたくねえええ。
顔にガーゼって………。
誰もふれないでほしい。



3年の教室は2階なのですぐについてしまった。
教室の後ろのドアに手をかけ、ゆっくりと開けた。

ゆっくりのくせに音がうるさいから困るなぁ。



ガラガラとドアを開けると必然的にクラスの全員がこちらに注目した。


「あ、芹菜!!」


立ち上がりはしないもののその場で私を呼ぶ玲夢の声がした。
それと同時にクラスがざわざわとしてきた。


(うわ、痛そうだな顔の傷)
(俺あいつがスタート地点で派手に転んだのばっちり見たぜ)
(えーマジかよそれっ)



ああああやめてやめてやめて。
見るなふれるな前を見ろ。
後ろ向いてる暇があるなら担任のくだらない話を聞け。
そしてわざわざエピソードを語るな聞こえてんだよ男子生徒A、B!!

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