06


「………今の何」

「今の?」


はて、何か変なことしたっけ私。
私もきょとんとした顔をした。
前をみると、朔名も同じ顔をしている。
あれ、3人とも同じ顔ですか。



「……食べる前に言った言葉、何」

「“いただきます”のこと?」


私の問いに翔音くんはこくんと頷く。

なあんだそんなことかー、と思って笑い飛ばそうと思ったがちょっと待って。
今どきこんなこと知らない人がいるのか?
生まれたての赤ちゃんならまだしも、彼は18歳だ。

言わないで食べる人もいるだろうけど、その存在を知らない人はいないだろう。



翔音くんには記憶がないみたいだけど、もしかしてこういう常識的なものも忘れているのかな。




「“いただきます”っていうのはね、直訳すると“あなたの命をいただきます”っていうことなんだけど……。まぁ食べ物に感謝していただくってことかな。命をいただいてるわけだから、残しちゃダメなんだよ」



私も子供の頃はわからなかったけど、多分お母さんに教えてもらったと思う。
そのときの記憶はないけど、今こうやって覚えているってことはきっとそうなんだ。


私は昔を思い出しながら言う。
翔音くんはずっと黙っていたが、





「……い、ただき、ます」




ぎこちない声が聞こえた。
そして彼はゆっくりとした手つきでスプーンをとりオムライスをつっつきはじめた。


なんだろうな、このほわんとした感じ。
礼儀をまるで知らない彼が1つの挨拶を覚えた。
記憶のない彼に1つの知識が増えた。



私は無意識に笑っていた。











朔名が急に微笑んだ私を気味悪がったので、足を踏んでやった。





「居候?」



無言の中の夕飯中に言われたのは“翔音をこの家におく”というはなしだった。


「傷もまだ癒えてないし、身分を証明できるものが何もないんじゃもしかしたら住まわせてくれる家がないかもしれないだろ?」

「うん、だよね」

「だからうちにおこうと思ってんだ俺は。部屋も十分に足りるし、生活費は俺が仕事でなんとかするからよ」



そうはなす朔名はすごく嬉しそうな顔をしている。
男の子が増えるわけだから弟みたいに思っているんだろう。
私も自然と微笑んだ。



「私もそのことは予想してたよ。それに私が連れてきた張本人だから無責任なことはしたくないし」

「あぁ。でも最終的に決めんのは翔音だからな」


そういって私達は翔音くんのほうを向いた。
すでにほとんど食べ終わっていて、ちょうどスープを飲んでいた。



「で、翔音はどうしたい?」

「?」

「俺たちはお前がこの家に住むのをいいと思ってる。でもまだお前の意見は聞いてない。どうする?」

「……」

「この家に住むか、出ていって他をあたるか」




正直、選択肢は2つあるようにみえて1つしかない。
もし後者を選んだりしたら後がないからだ。
なんだかんだいって彼はこの2日ですでにこの家に馴染んでいると思う。
さっきポテチ食べながらテレビを見てたときも、ずっと前からこの家に住んでいたような溶け込み方をしていたから。


あくまで私の意見だけど。



翔音くんは最後のスープをズズッと飲みおわり、コトンと机においた。








「この卵のやつ美味いからここにいる」




承諾した理由になった言葉はとりあえずおいておこう。



私達はまた微笑んだ。






家族が増えた。



06.ようこそ、我が家へ

(……いただき、ました)
(え、何)
(…………食べ終わったから)
(それはね、“ごちそうさまでした”っていうんだよ)
(ごちそう様……?誰、)
(何で人になるの)


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