起きて、ねえ。早く



とても長い眠りから目覚めたようだった。視界いっぱいに広がる青い空。薄く伸ばした雲。目一杯に羽を広げて飛ぶ鳥。優しく煌めく陽の光。
呼吸が美味しいと感じたのは初めてだった。
芳しい風。青々と茂る草木の匂い。指先に触れる土の柔らかな感触。肺いっぱいに吸い込んだ空気に、身体が喜んでいるのが分かる。そんなことを言えば人には変だと笑われるのかもしれないけれど、それ以外にこの心地の良さを形容するための言葉を、自分は知らなかった。


このまま死んでもいい……

いや、怒られるな。


淡いチェリーブロンドを思い出して小さく笑った。
彼女だけではない。そんな不謹慎なことを思えばきっと、様々な人に叱られるだろう。だって、自分はこうして生きているのだから。この星で、眩しい青空に包まれて、息をして、風を匂い、大地を感じている。

約束は守るためにある。

必ず帰ると誓った瞳を思い出す。





……絶対に、戻るから





頬を伝う涙が綺麗だと思った。自分のために泣いてくれるその姿が愛しかった。
ああ、会いたい。
早く。

君に、会いにいくよ。










「何ニヤニヤしてんだよ、シェリル」
「ん……ゆ、め?」
「そんなとこで寝てたら風邪ひくぞ」

頭上から降ってきた声に苦笑しながらゆっくりと上体を起こした。窓際に立てかけた写真立てのガラスが陽の光を反射する。その瞬間、なんだか無性に泣きたくなった。
いつだって直ぐにこの声を届けられる所にいたはずのその姿が、今はない。

「約束……か」

必ず、戻ると言ったのは彼女だった。泣きながら、けれど、とても綺麗な笑顔で。
しかし、忘れないでいて、と紡いだ唇はそれを心から懇願するように震えていた。掴めたはずの手を、取れなかったのは自分。彼女の決心を、挫くことなど到底できなかった。

「シェリル……?」
「ごめん。ちょっと寝ぼけてたわ」

彼女が最終決戦の最中、姿を消してから一週間。その愛機だけが、星に帰ってきた。ボロボロの機体はまるで人が動かしているかのように、とても静かに湖のほとりに着陸した。しかし、コックピットは無人だった。
身体は重力に従い崩れ落ちた。フォールドクォーツのあしらわれたイヤリングをぎゅっとその手に握りしめて、痛々しい程にその名を呼んだ。喉を痛めるのも今なら惜しくはないと、呼び続けることで彼女が自分達を見つけて帰って来られるのなら、その名を豊かな旋律に乗せて、何年だって、何十年だって歌ってやると。
血は繋がらなくとも私、シェリル・ノームにとって彼女はとても大切な家族の一人だった。正反対のブルーブロンドを風に泳がせて、バルキリーを鉄でできた隼だと愛でる姿が忘れられないのは、彼女との想い出を時と共に失うのが怖かったからだ。

「彼らに命を吹き込むのが私達パイロットなのよ」

記憶の中の台詞へと唇が自然に動く。彼女の声ではない私の声が、静かに響く。

「彼らなしでは私達は飛べない。けれど……」
「彼らもまた、私達なしにこの宇宙を自由に羽ばたけはしないのだから……」

続きを言おうとしていた唇は、開いたまま閉じることが出来なかった。
大きなガーゼを頬に当てて、身体のいたるところに包帯を巻いて、それでも彼女はそこに立っていた。情けなく下がった眉の下に、煌めく青い瞳はとても澄んだ色をしている。おんなじだね、とあの日彼女がそう言わなければ、私達はきっとただの他人のままだった。

「約束。破るわけないでしょ?」

手を伸ばす。触れた肌はよく知っている大好きな優しい温もりを持っている。私はこの暖かさを誰よりも知っている。この人を、誰よりも。

「ほんとうに、ゆめ……じゃないのッ?」
「夢じゃないよ」
「いきてる……ッ」
「うん、ここに生きてる」
「……ジュリアぁ」

傷だらけの手が私のそれを取って胸に当てる。トクリ、トクリと確かな息遣いが冷えた掌を温めた。目頭が熱くなって、生暖かい液体が頬を伝う。鼻の奥がツンとした。呼吸が苦しい。苦しくて、嬉しい。
やにわに声を上げて泣き出した私を優しく抱きしめた身体は同じように震えていて、ごめんね。と聞こえたその声にきちんと返事ができたかどうかはあいにく覚えていない。
祈らずとも朝日はやさしい
君をつれてやってきた、そんな日

「全くこのシェリルノームを2ヶ月も待たせるなんて信じられないわ!」
「仕方がないだろ、フォールド断層なんかの影響で宇宙は時間の流れが違うんだから」
「いいよ、アルト。言わせてあげて」
「あんたがそうやって甘やかすから……」
「おだまり!アルトだってこの世の終わりみたいな顔してたでしょ!」
「ッ!……ひ、否定はしないがッ」
「二人とも、信じて待っててくれてありがとう」


あとがき+α

シェリルと義姉妹設定。
前半はジュリア視点。そしてその気持ちを自分のことのように夢に見た後半のシェリル視点。
瞳の色が同じだったことをキッカケに仲良くなった二人。グレイスがある程度厳しい分、ジュリアがたっぷり甘やかしてくれたおかげで、シェリルの天真爛漫さが出来上がった、ということにしています。
仕事的にはSP兼パイロット。あれ?女版ブレラみたいだなぁ。笑

20180809
Title by Bacca

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