その姿は少し前の自分達に似ているようだと思った。自ら歩み寄ることを拒んでは、何か理由をつけて攻撃する。知ろうともせずに、悪だと決め付ける。そんな生き方は哀しいだけだと教えてくれた少女が導いてくれたこの星で人は、きっともっと優しくなれるはずだ。


涙で世界は救えない 14



「彼、どうかしたの?」

扉を潜り抜けたアンジュは病室内の微妙な空気感に思わず足を止めた。その背の後ろにいたアルトも同じように立ち止まる。しかし二人の姿を捉えたブレラだったが何も言わず、ライアと看護師によって寝かされる歩生をちらりと見ただけだ。

「ちょっとな。記憶障害かもしれないが、身体に大事はない。精神的なものじゃないかと思う……船団一つ潰れていくのを見てるんだ。トラウマになってもおかしくないだろ」
「そうね……」

静かに歩生の側へと歩み寄ったアンジュは額にかかった細い金糸を払い、以前よりは顔色の良くなった彼の寝顔に少しだけ安堵する。そして、あの日振り払われてしまったその手を拾い、布団の中へと丁寧に仕舞う。
温かい人の温もりを取り戻した手。再び進み始めた彼の時間が穏やかなものであります様にと一度だけ握り締めて離す。その場にいた誰もが呼吸以外を忘れた様にその姿を見つめていたが、暫くしてブレラが静寂を破るようにライアを呼んだ。

「ベルガー、ひとつ貴様に聞いていいか」

珍しいこともあるもんだと、ライアに声をかけたブレラを見たあと、アルトはアンジュへと目配せした。普段からあまり言葉を交わさない2人が病室にいたのを見た時から少し驚いていたが、いつの間にか親しくなったのだろうか。だとしたら、近頃の悩みの種が1つ減ったことになる。
しかしながら、そんなアルトの思いは「なんだ急に」と訝しげな顔をしてみせたライアの返事で掻き消されることになった。あからさまに嫌悪感を隠さないその姿にアンジュが小さく溜息を吐くのが聞こえた。

「思い出せない方が幸せなこともあると……貴様はコイツに言ったが、本当にそう思うのか?」

一方のブレラには大した敵意もなければ悪意もない。ただし、友好的なものの言い方ではないのも事実。淡々と述べられた疑問にライアの瞳の温度がみるみる冷めていくのにアルトはどうしたもんかと内心で頭を抱える。

「あのなぁ。お前みたいに色んな感情を上手く処理できるほど、人間は単純に出来てないんだよ」
「自分も人間なんだが」
「元が付くだろ、改造人間」
「だからと言ってアンドロイドになったつもりはない」
「変わらないだろ。いつ見ても能面みたいな顔しやがって、胡散臭いんだよ」

はじまった、とうな垂れるように肩を落としたアルトはドギマギしながらブレラとライアに視線を走らせる看護師に、いつもの事だから気にしないでくれとそっと退室を促した。そして、2人の間で歩生が起きてしまいやしないかと不安げな表情を浮かべていたアンジュも静かに顔を上げる。


「人間のフリがしたいんなら諦めろよ」


パシリと乾いた音が響き「少し頭を冷やしなさい」とライアの頬を打った手を握り締めてアンジュが病室を出て行った。まさか彼女がそこまでするとは思っていなかったため、アルトは驚きを隠せない。けれども、諦めたように何も言わなくなったライアを前にしては、彼女を追うことも出来なくなる。

「ブレラ、悪い……アンジュのことお願いできるか?」
「貴様が行かなくて良いのか」
「お前達2人残していく方が心配だ」

いや、そうだな。悪かった。と既に足音も聞こえなくなったアンジュの姿を追いかけるようにブレラは扉をくぐり抜けて行った。

20170720
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