目の前に広がるのは夥しい記憶の欠片。全てが現実だったと思うには有り余る程のその量に緩やかな目眩がする。
まるで膨大な数で構成される巨大なパズルの様に、ひとつひとつの欠片を手にとっては少しずつ合わせていくことしかできないのだろう。例え、どんなに痛みと時間が伴ったとしても。


涙で世界は救えない 13



継ぎ接ぎだらけの断片的な記憶だけが頭の中を駆け抜けて行く。鈍い痛みを伴う記憶の海に歩生はまともに息をすることも忘れ、溺れてしまいそうな感覚に囚われた。
落ち着け。慌てるな。言い聞かせながらも身体中に纏わりつくあの日の熱や痛み、叫喚を上手く振り払うことが出来なくて、思い出しては今でも心が底冷えしてしまいそうな程峻烈な映像に胸が軋むように痛みを訴えて来る。
無理はするなよと、肩に触れたライアの大きな手が優しく背へと滑り、震える歩生の背中を数度撫でた。

「……勿論、なかったことには出来ないが、思い出せない方が幸せなこともきっとある」

まるで幼い子供に言い聞かせるように、ゆっくりと頭に浸透して行くライアのその声は穏やかで暖かい。まるで麻酔のように染み渡り、荒くなった呼吸が落ち着きを取り戻して行く。吸い込んだ酸素が胸を満たして、薄い膜に覆われたようだった聴覚が鮮明になった。

揺れる視線の先に確認できたブレラは難しい顔をして此方を見ている。何かもの言いたげなその表情だったが静かに開いた扉の先に視線を向けるとそれがほんの少し和らいだ。つられる様に歩生もそちらへ顔をを向けるが、左手首で自分の脈をとっているライアの身体に隠れて誰が来たのかまでは捉えることが出来ない。複数の人の気配が伝わって来る。
パタパタと乾いた足音の後にアルコールの仄かな香りと「先生」と呼んだその声で、恐らく看護師が呼ばれたことだけは察することが出来た。

「少し休め」

チクリと首筋に小さな痛みが走ると、身体から緩やかに力が抜けて行く。瞼が静かに下がり、起こしていた上半身が勝手に倒れるのが辛うじて分かった。柔らかい腕が背中を支えてゆっくりとベットに横たえてくれるのをなんとなく感じながらも、歩生の意識は深く静かに落ちて行った。

20170720
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