人は皆、何かに悩み、何かを抱えて生きている。傷付き、失い、嘆いて、それでもその先に欠片ほどの光を見つけて歩き続けることができる。
だからこそ人は寄り添い合うのだろう。その光の先に、全ての者が迷わず向かえるように。


涙で世界は救えない 15



「なぁライア、さっきのは俺も言い過ぎだと思う。ブレラも色んなものを抱えているんだ。何があったかは知らないが、もう少し」
「お前が言いたいことが分からない訳じゃない。けど、あぁいう奴らは……」


どうしても駄目なんだ。


秋の終わり、色付きさえも冴えなくなった枯れ葉のように乾いた笑い声が病室で囁いた。目に映るのはいつもよりいくらか小さくなってしまった男の姿。なんと返すのが正解なのかも分からず、上下でくっ付いたままの唇が水分を失っていくのを感じる。
それから少しして、浅い溜息に静寂が震え「一杯付き合えよ」と明るさを取り戻し始めたライアの声に呼ばれるままにアルトはその背を追って部屋を出た。静かに眠る歩生が1人、室内には残っていた。





「あー思ってたより赤くなってるなぁ。元軍人の平手をナメてたよ、俺は」
扉に掛けられた鏡に映った自分の顔を眺めながら、ライアは「どーりでまだヒリヒリするわけだ」と参ったと言わんばかりに眉尻を下げて笑っている。痛みがまだ残っているというのは様子からして冗談だろう。赤く色付く患部を冷やす素振りも見られない。

案内されたのは給湯室で、簡易テーブルとパイプ椅子、コンパクトなコンロとシンク、それから冷蔵庫が備え付けられた20畳程のそのスペースは仮眠室代わりにも使われているらしく隅の方に大人1人ぐらいなら横になれそうなソファーも置いてあった。そして決して座り心地がいいとは言い難いそのソファーに腰掛けて、アルトはライアが淹れたコーヒーを飲んでいる。インスタントの安物だけど香りはそんなに悪くないだろ?と言いながら振り返ったライアの姿はすでにいつも通りだ。

「てっきり酒でも出されるのかと思った」
「それも悪くないが、生憎勤務中だ」
「まぁ酒よりよっぽど美味いよ」
「コレだからお子様は」
「あんたも十分子供っぽいけどな」

鉄を引く高くて厭わしい音が響く。パイプ椅子に腰を下ろしたライアはアルトを見ながらしかめっ面をして見せた。そして、一口マグを傾けると懐に手を入れて少しだけひしゃげたタバコの箱を取り出す。
悪い、吸っていいか?とその箱を振って見せた彼は、アルトがそっと頷くのを待って1本口に咥える。ジッとライターが火を灯し、ゆらりゆらりと立ち昇る白煙に眼を細めた顔に、彼が自分よりもずっと大人であったことをアルトは再認識した。

「親父はインプラントの技術者だった。まぁ、そんな関係でガキの頃から色々あって……」
タバコを咥えたまま天井を仰いだライアはまるで独り言のように静かにそう紡ぐ。目の前で緩やかに薫るコーヒーの湯気の奥で過去の情景に浸る姿がどこか物悲しげだった。
「早い話が八つ当たりなんだ。お前の言うように、俺の方がよっぽど子供だったわけだ」
「そういうつもりじゃ……」
「分かってるさ。でも大人げなかったのは事実だし、だからアンジュも怒ったんだろ」

分かっちゃいるんだが、もう条件反射みたいになっちまってる。
ジリジリと迫る灰に気付いた手がタバコを持ち上げて灰皿の淵に火口を何度かぶつける。彼の心情を表すかのようにはらはらと灰が落ちていった。

20170809
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