テンポルバートで惑わせて
そういうことだから、そう言ってまるで他人事みたいに――実際そうであることに間違いはないのだが、ゆらりと笑ったミハエルがポンとアルトの肩を叩く。ふざけるな、冗談じゃない。そう言いかけたアルトをそっと、遮った。

「"お前"を見てもらう良いチャンスだと思う」

やけに真面目な顔で、低く、低く囁やくように呟けば、彼が何も返せる訳がないことをミハエルは付き合い故に知っていた。喉の奥につっかえた言葉に胸焼けを起こしたように曇る表情。アルコールに浸した筈の頭が冷えてゆくのが手に取るように分かる。
本当は知っていたんだろう。
いつまでも、その事実に気付かない程子供ではないのだから、お互いに。けれど、分かりたくなかったのも事実なのかも知れない。今まで当たり前のように奏でてきた自分の音に一体何の意味があったのか。ただ、ただ、特別な感情も抱かずに、そうすることが当然でしかなかった環境で、自分は一体、誰のために、何のために……そうやって、ずるずると一人、深みに嵌まっていったのだろう。
焦点の定まらない瞳を覗き込む。名前を呼べばビクリと肩を震わせて、どこか遠くを彷徨っていた意識をこちらに戻していた。

「っ……あぁ、悪い」
「……いや、俺が先走ったのかもしれない」

未だ憂いを含んだアルトの表情に申し訳なくなり眉尻を下げたミハエルは、ごめん、と囁くように謝罪の言葉を述べた。あくまでアルトにとってのプラスになればと、考えていたのだがどうやら気が急いていたらしい。昔から彼の奏でる音が好きで、けれども何処か危うげで気持ちのよみとれないその響きに彼らしさ、が加えられれば良いのに、と。そうすれば自分だけじゃなく、もっと広い世界の人が彼の音に溺れてしまえるのだから。

黙って首を横に振るアルト。
「お前の言うとおりかもしれない」
やってみるよ。そう言って仄かに笑んで見せた彼は、浅く深呼吸をして少し離れたところで様子を伺っていたグレイスの元へと歩んで行く。

「お袋さんが見てたらきっと、喜ぶだろうな」

ぽつりと呟いたミハエルの言葉は、店内に慎ましやかに響くジャズの音の波に静かに溶けていった。

20111109 Takaya
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