slow mellow flow
響く音色は甘く、淑やかで、それでいて力強い。低音が主旋律を邪魔せぬようにとその強さの中に優しさを魅せればいよいよ誰が奏でる音なのか、聞き慣れた耳には扉を開けるよりも早く分かる。目で認識するよりもずっと早く。
折角気持ち良さそうに鳴り響くその音を遮りたくはなくて、ミハエルは扉の小窓からは視覚になるその場所にゆったりともたれ掛かった。
旋律は最高潮の盛り上がりを魅せてそして静かに、まるで潮が引いていくように名残惜しげに終わりを飾る。残響に思わず息を飲んだ。どうやったって、今この大学内に彼を超えられる奏者は存在しないだろうと、小さく笑う。

「いやー今日も実に素晴らしい演奏でしたよ、姫」
「……姫って言うな」

何しに来たんだよ。
講義の空き時間を利用して彼、早乙女アルトがこの部屋を使うことをよく知っていたミハエルは、二台のピアノが並ぶその奥の窓辺に寄りかかって白い歯を見せた。お前の音がしたから。なんとなくだと言った所で、譜面に手をかけたアルトは心底怪訝そうにミハエルを見る。
「あ、そうそう」
「……ん?」
ペラリと軽い紙を捲る音の合間に本当は用が合ったことを思い出して、ミハエルは手を打った。

「アルト、お前さ。生のシェリル見たくないか?」
「シェリルって、あのシェリル?」

一歩街に繰り出せば彼女の音が世界を満たしている。彼女の声が日常のBGM。全国的に有名なシンガー・ソング・ライター、シェリル・ノームと言えば、学内でも絶大な人気を誇る売れっ子歌手だ。
その美貌は同性からも嫉妬を通り越した羨望の眼差しを向けられ、誰もが憧れる声量と美声を持っている。そんな彼女が偶然にもミハエルのバイト先であるカフェバーで、一曲披露してくれることになったのだ。同じ音楽の道を進むものとして、聴いて得をすれども損をするものではない。

「今夜7時30分、店に来いよ」
ランカちゃんも会いたがってたぜ?
友人の名を出せばほんの少しだけ優しい笑みを浮かべたその顔に、単純なヤツだと内心で笑う。
「そうだな、行くよ」
新しい曲を奏でる前に、アルトはそっとミハエルにそう告げた。そして緩やかな音色が再び耳朶を柔らかく滑らかになぞる2秒後。

2011XXXX Takaya
まるで砂糖菓子のように
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