羽休めのヴォカリーズ
「風が気持ちいい……」
「そうね」

早くも地に伏せた枯れ葉の香りのひとつひとつを感じながら、目の前の少女、リラは空を仰ぐ。決して見えはしない青をまるでその目に焼き付けるかのようにジッと、ただ静かに見つめていた。
やがて風が止み、シェリルが木陰の下に車椅子を止めると、ハっと思い出したかのように口を開くリラ。そんな彼女の前に移動しながらシェリルはその淡い桃金色の髪を風に揺らせた。
「あ、さっきの話なんだけどね。私も初めて貴女の伴奏をさせてもらったとき、そう感じたのよ」
「リラ、が?」

リラ・K・ビレンコーフェンと言えば知る人ぞ知る若手伴奏ピアニストだ。その演奏技術は決して主役であるヴォーカリストを邪魔せず、けれどもその独特の存在感と優しい演奏力で聴くものを魅了すると、業界内では定評でそれこそ実力のある歌手たちの間では引っ張り凧になっている。シェリル自身、デビュー当初からいつか彼女と同じ舞台に立ちたいと願っていたひとりで、漸くこの数年をかけて彼女に自身の専属伴奏ピアニストとしての契約を結ばせた。それまで決して、誰かの専属として仕事をすることをなかったリラを、シェリルは文字通り口説き落としたわけである。

「シェリルの声は、凄く強いの……聞いていると、周りの音がすべて掻き消されちゃうみたいに、貴女の音しか耳に入ってこなくなる」
「……あ」
「私はあくまで伴奏ピアニストだから、そんな貴女の音をよりよく聞かせられるようにって思えるけれど、彼は違うでしょう? 今まで自分だけで舞台を作り上げなければいけなかった彼は無意識でも、貴方の声に消されないようにって必死になるのよ。そうなると、伴奏じゃなく、演奏を始めてしまった彼に貴女まで同じ不安を抱いてしまう」
どこか納得したように「そうね」と額を覆うとシェリルは古木に寄り掛かり、そっとため息を吐いた。

「お互いいい経験になったんじゃない?」
「他人事だと思って……」
「でもシェリルに張り合っちゃうなんて、彼、表舞台にはまだまだ出てないみたいだけど血は争えないわね」
くすりと小さく笑うリラの声に再び風が騒ぎ始める。そうして、歌詞を乗せずにそのメロディラインを小さく奏でるリラにシェリルも自ずと音を追いかけた。

20120223 Takaya
春風の調べと共に、
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