連鎖する僕ら 6
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 自分の中の衝動に負けたのは、あのときで二回目だ。



 一回目は、綾部との騒動に一区切りがついた翌日のこと。熱を出して保健室で寝込んでたあいつにカバンを届けてやって、そのときはじめて、あいつの口から「ちゃんと好き」だという言葉を聞いた。

 ようやく言ってもらえたそれが嬉しくて。一生懸命に伝えてくれた綾部が可愛くて。勢いよくかぶりを振ったせいで乱れた彼女の髪を直してやりながら――俺はその手を放せなくなった。なめらかで柔らかな感触に心を奪われて、ろくに身動きもせず、彼女と見つめ合って、そして――。

 正直、保健医のセンセが来てくれなかったら、色々とヤバかった。それくらいにどうしようもない衝動が自分の中にあることを、俺はあのときはじめて知った。

 ああ、俺って結構突っ走るタイプなんだ、と自覚して――反省した。ほんの数分前に『カノジョ』になった相手に、しかも学校でするようなことじゃないだろうと。全くもって、情けない話だ。

 そんな自己嫌悪に苛まされていた矢先に、早退したはずの彼女からメールが届いた。何だろう? とびくびくしつつ、受信BOXを開き――そして、俺は頭を抱える羽目になった。

 寄越された文面にあったのは、どうしてあんなに長いこと固まっていたのかと――不思議そうに問う、疑問形の文章だった。『どうして空って青いんだっけ?』と訊ねるのと同じくらい、軽い問いかけ。それを何度も何度も読み返して、俺は安堵と不安とがない交ぜになったため息をついた。

 俺が何を思って、何をしようとしていたのか。そのときの綾部は全然気づかずにいた。変な下心を見破られずに済んで、俺は心底ほっとした。これから『お付き合い』を始めましょうってときに幻滅されたんじゃ、苦労した意味がない。だけど反面で、俺は綾部美希という女の子の鈍さにかなりの衝撃を受けたんだ。

 だって、あの状況で何も察しないなんて、普通だったら有り得ない。俺自身、ホントにヤバいと思ったんだ。そりゃ、綾部が一般的な女の子とはちょっとずれてて、そっち方面に疎いのは分かってたけど。でも、やっぱり驚いた。

 だからといって、綾部のその鈍さが俺たちの関係にとって弊害になるとは思わなかった。ただ少しゆっくり進んでいかないと、あいつはまた一人で混乱して戸惑っちまうんだろうなと。驚かさないように気をつけてやんなきゃと、そう覚悟を決めただけ。その甲斐あって――それ以後、俺が変に暴走することはなく、俺たちは今時珍しいくらいのゆっくりしたペースではあったが、いい関係を築いていた。


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