さくら、ひらひら 4 しおりを挟むしおりから読む目次へ (マジかよ……) 今更ながら気がついた事実に、俺は片手を口元に当てた。不自然に視線を横に向けて、ぎゅっと眉根を寄せる。 それを不審に思った瀬戸――俺が見てるのとは逆方向にいる――が訝しげに問うてきた。 「曽根?」 きっと小首を傾げて、こっちを見上げてるんだろう。それが簡単に想像できて――それでもって、その仕草ひとつに馬鹿みたいに胸がざわついてる俺は。 (ビョーキだ、ほんと) あまりの恥ずかしさに頭を抱えたくなったのを堪えて、そっと息をついた。 ずっと視界が暗かった理由(わけ)は、思いもよらないところで判明した。 「曽根曽根、飲み物いらないのー?」 そう言って、学食の前で俺を呼び止める瀬戸。その屈託ない笑顔を見たときに、俺はようやく気がついたんだ。 視界が昨日より、ずっとクリアになっていることに。 変わったところは、ただ一つ。俺の目の前に瀬戸が存在してるかどうか、それだけ。 たったそれだけのことで、こんなに違って見えるなんて。 (あー……ダメだ) 何かもう、色々とダメだ。ここに来て改めて自覚して、どうしようってんだ俺は。 口元を手で隠したまま、何とも言えない顔でその場に佇んでいると、再び瀬戸の声がした。 「曽根、どうしたの?」 「いや、別に」 何とか冷静さを装って、応じる。そして、横目で彼女を見下ろした。 「お前、飲むの?」 「うん」 「じゃ、奢る」 コクっと頷いた瀬戸を促しながら、俺は学食の自販機へ足を向けた。すると瀬戸が慌てて、追いかけてくる。 「えっ! いいってば!」 「気が向いたからさ。……イチゴ牛乳でいいんだろ?」 返事を待たずに硬貨を入れ、ボタンを押した。ガコンと音を立てて、それが落ちてくる。 「え、や、あのっ」 「ほら」 ぱたぱたと駆け寄ってきた彼女に、問答無用で買ったばかりの紙パックを押しつけた。ピンク色のそれを両手で受け止めて、瀬戸は目を白黒させる。 「えーっ、と」 「最近、一緒にいらんないから」 言いながら、俺は自分の分のボタンを押した。今度落ちてくるのは、ウーロン茶。 「安くて悪いけどさ」 パックを取り出して、隣に立つ彼女を見る。すると瀬戸は一瞬、驚いたように目を見開いて――軽く眉を寄せた。 「気にしなくてもいいのに……」 小声で呟いた後、「でも」と続ける。 「でも、ありがとう」 そう言って、彼女はへにゃりと力の抜けた笑みを浮かべた。それにつられて、俺も口元をゆるめた。 * * * |