「ーーで、お前には誰か面倒見てくれるようなヤツはいたのか?」
意味がわからない。
俺にはいた、お前にはいたのか……って?
それ聞いてどうなるの?
「......何が言いたいんですか」
ナナは久方振りに「怒り」の感情を自分の中で感じていた。
普段から人と己の恐怖を欺く為にと抑えていた感情は、自身が最も尊敬する先輩であり、上司でもあるカリム・フラムの前でしか見せていなかった。
彼とは秘密を共有する仲。だからこそ他の先輩にも見せない素顔を晒していた。
「それがお前がこうなっちまった原因なんじゃねェかと思ってな」
ーーではなぜ、自分は今、目の前の"なんでもない"男に怒りの感情を向けているのだろうか。
そんなこともうわかっている。
まだ全てを口にしていないだけで、彼が私のことに気づき始めているからだ。
「原因?こうなったって......何が?」
ーー苛立ち。
敬語さえも忘れて。
「てめェは一見何事も完璧にこなす優秀な消防官に見えて、実は大事な感覚が麻痺しちまってんだよ。人を一定以上の距離には絶対に立ち入らせねェ。だからてめェは自分を気遣う人間の気持ちが分からねェんだ。全部自分の事にしちまってるからな。自分が何の為に何をしようがどうなろうが、他人は関係ないって思ってんだろ?」
これくらいの勢いで言えば新門の圧に耐えきれず黙り込んだり泣き出したり、罪悪感を感じるのが普通だが、ナナは違った。
「そうですね。だって本当に関係ないから。巻き込まれたら立場も命もタダじゃ済まないから。だから距離を置く、それ以上踏み込ませない。...これの何が間違ってますか?」
「相当麻痺してやがんな。分からねェなら教えてやるよ」
「………は、」
ーーガッシャァン…!!!!
新門の赤い瞳が光ると同時に爆発するように発火した炎がナナを店の外に吹き飛ばした。
「なんだなんだ!?」
「焔人か!?」
抉れた地面。向かいの酒屋の外装に穴があき、その所々で炎が咲いている。
店の奥に突っ込んだ筈の身体は見当たらず、代わりに氷の塊がいくつも落ちていた。
「こいつは俺の喧嘩だ。危ねェから全員下がってろ」
そう言って両袖に手を入れたまま、さっきまで呑んでいた店から新門が歩いて出てきた瞬間だった。
ーーダダダダダッ
氷でできた長い槍が一気に襲い掛かる。
「コソコソ隠れてねェで出てきやがれナナ!てめェの歪んだ性根、今ここで叩き直してやる!」
カラン、コロンと下駄の音。
身を潜めていた付近の屋根から顔を見せるナナ。浴衣が破けて右足の脹脛が露わになっていた。
屋根から飛び降りて着地すると、下駄を脱いで銀色の瞳を光らせる。
吹き飛ばされた時に額が何かで切れたらしい。今頃になって出血した。
しかしナナは頬に伝ったその血を拭うこともなく、ただ目の前の敵、新門をしっかりと見据えていた。
「危なっかしくていけねェな」
新門の手に、猛スピードで飛んできた一本の纏(まとい)が収まる。
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