目の前を歩く長髪の男はジョーカーといって、皇国で指名手配されている。
私はこの怪しげなヘビースモーカーの男についてそれくらいしか知らない。闇や裏の人間から情報を集めようと決め、第一にある資料やデータを調べた時に見た程度だった。
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ソッチの人間から情報を聞き出すには、勿論対価を支払う必要がある。私には生憎趣味も物欲もなかったので、第一に配属されてからの給料のほとんどは闇に捨てた。
闇や裏の社会には、毎回仮面を付けていても、髪を隠しフードを深く被っていても、私の年頃や女であることを見抜く人間が多くいた。
それを怪しむ者、面白がる者、欲情する者、逆に利用しようとする者、いきなり殺しにかかってくる者ーーいろんな人間と出会った。
私はこの世界を歩く中で、あの手紙に書いてある「真実ヲ知リタケレバ チカラヲツケロ」という意味を理解した。
そして時には怪我を負いながら、少しずつ情報が集まっていくうちにこうも思った。
私が知ろうとしている真実は、単に自分の家族が燃えた事件の真相ではなく、もっと重大な真実かもしれないと。
だって自分の父親が誰かに焔人にされたのが事実なら、今まで起きた事件や、これから起きる事件に対しても同じことが言えるはず。
ーー あの日、発火した父が原因で庭付き三階建ての大きな家が業火に包まれた。
この事実が本当なら、私たち特殊消防隊がやるべきことは目の前の焔人の鎮魂ではなく、人工的に焔人を作っている者を探すことなんじゃないのか。
それにしてもなぜそんなことを…?もしかして数百年前の大災害は……?ーーいや、それはさすがに考えすぎか。
「着いたぞお嬢ちゃん」
そう言ってジョーカーは足元のマンホールを動かした。
「…まさか使われてない下水道を隠れ家にしてるの?」
「おっ、さすがカンがいいな。闇を練り歩いたお嬢ちゃんでも、こういうのは見たことなかったか?」
「私は練り歩いてないし…そのお嬢ちゃんってなに?」
先輩方のお陰で得たーーというか取り戻したおかげで、今の私の顔は多分やや怒っていると思う。
「俺からすりゃァ、お前はまだまだガキだからな」
「私は子供じゃない」
「………お前思ったより意外と子供だな?」
「だからーー」
子供じゃない。
子供じゃないから、今まで恐怖を押し殺し大嫌いな炎と向き合ってここまできたんだ。子供扱いなんてやめてほしい。
「ンじゃァ」
マンホールを踏んでいたはずのジョーカーは、ナナにとの距離をサッと詰めた。それは一瞬のことだった。
ジョーカーの顔が近づく。煙草の臭いと長い髪がナナの頬を撫でた。
「大人のオンナとして扱ってやろうか?」
「……お」
顔面スレスレで囁かれた言葉を頭の中で繰り返す。ーー大人のオンナとして扱うとは?子供扱いしないってこと?いやでもコレって近すぎない?危ないんじゃない?ていうかこの人元から怪しい見た目なのに近づかれるともっとヤバいーーー「何固まってんだよ、行くぞ」
「……え」
ジョーカーは煙草を捨て、マンホールの方へ戻った。ナナは小走りでその後を追う。
「意外と可愛いとこあんじゃねェの」
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