テスト期間23-侑編
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部室に着く前に、はなこは侑に追いついた。
けれどはなこが走ってくるのがわかっても振り返らず、隣に来ても前を見たまま無言だった。
『ごめん』
「…なんでお前が謝んねん」
『はなこがもっとキッパリ断っとったらよかった。……え、ちょ、どこいくん?』
無言で歩く侑は、部室の前を通り過ぎても足を止めない。そんな侑を止めるわけにもいかないはなこは、小走りでそのあとを追った。
結局侑が迷うことなくやって来たのはいつも部活で使っている、誰もいない体育館だった。
侑は靴を脱ぎ散らかして体育館に入ると、購買で買った食料が入った袋とスマホをその辺に置き、セーターも脱いでそこに放った。
ボールやネットがしまってある倉庫の方へと歩き出した侑が何をしようとしているのか、察しがついたはなこは『え、なあ、ちょっと…ご飯は!?』と止めるが、完全無視だ。
侑は倉庫からボールを3個抱えて持ってくると、二つは足元に転がし、一つを高く高く上に投げ、助走し ーー スパァン!!!と鋭いスパイクを打った。
ボールを打つ音も凄いが、それが地面に叩きつけられる音もエゲツない。今は部活禁止のテスト期間中で、体育教官室の電気は消えていても、近くには他の部の部室だってあるのに、侑は何を考えているのか。
「ーー ッア''ァ"!!!」
全国ナンバーワンセッター、全国トップレベルの選手の本気スパイクが広い体育館の中で炸裂する。
気が済むまで打った侑は「はー!スッキリした!!」といって、はなこの方へと戻ってきた。
『スッキリしたんはよかった。先生もこんかったし。でも、昼休みあと10分もないで。早よ戻らな』
仕事の早いはなこは、すぐに体育館を出られるようにと侑のセーターとスマホ、購買の袋を持って待っている。
「あー、あと10分か」
『もう怒ってへん?』
差し出された右手にスマホとセーターを渡したはなこは問う。
「最初っからお前には怒ってへんて。…てかその話もうええわ」
セーターからすっぽり顔を出した侑ははなこを見ずにそう言った。空手部の主将に対する怒りを、はなこに対する態度に変えて。
はなこは『ごめん』と言ってローファーに足を入れると、先に歩き出した。
スッキリしたはずなのに、侑の心にはまた靄がかかる。ーー あの時尾白がいなかったら、尾白の言った通りになっていた。それを思い出す度にはらわたが煮えくりかえり、普通ではいられなかった。
「やっぱ待って」
そう、はなこの背中に声を掛ければローファーの足音はすぐに止まった。
追いついた侑に顔だけ振り向いたはなこは、いつもとあまり変わらない表情だが、付き合いの長い侑には、はなこが罪悪感を感じて落ち込んでいることがすぐにわかった。
「何ボーッとしてんねん」
はなこの後頭部から前髪までを手ではらうように軽く叩いて先に歩き出した侑。叩かれた場所に手をやりながら、はなこは二、三歩走って侑に追いつく。
『痛かった』
「嘘つけ、そんなつよー叩いてへん。大体ボーッとしとるやつが悪いんや」
二人は前を見たまま話す。
『悪意感じた』
「あー、悪意はあったかもな」
やっぱりそう言うだろうなと思っていたはなこは侑の背中をベシッと叩いた。「いった!なにすんねん!」と背中をおさえ、笑いながらもはなこを睨む侑は、いつもの表情に戻っていた。
『悪霊退治!』
「誰が悪霊やねん!」
ーー キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴る。ヤバイと声を合わせて走り出した二人は、教室に着くまで子供のようにケタケタと笑い合っていた。
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