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テスト期間14-北編


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「そうそう、そこにそれを通して、それをもう一回。上手になったなあはなこちゃん」

暖かい居間で北の祖母に編み物を教わるはなこの表情からは楽しさと真剣さが伝わってくる。
北は二人の様子をたまに見つつ、明日のテスト科目のノートを読み返す。

すると、ピーンポーンとインターホンの音が響いた。北が「俺出るで」とノートを置いて畳に手をつくと、「ええよええよ、ばあちゃん出るさかい、信ちゃんははなこちゃんとお話ししとき」と、若干意味深な笑顔を北に向けて、祖母は玄関の方へ行った。

祖母の「お話ししとき」と意味深な笑顔の意味は北も理解している。
今から自分の結婚式を楽しみにしている祖母は、去年も編み物を教わりに来た後輩のはなこを大変気に入っていて、結婚式の話になるたびに「はなこちゃんみたいな子がええよ」「可愛らしいよ」と話すのだから。

「それ、何作っとん」

祖母がいなくなっても熱心に毛糸を編んでいるはなこに北は尋ねる。

『マフラーです。稲高カラーの』

部活のジャージの色とよく似た、臙脂っぽい赤色で編まれている、まだまだ短いマフラーは、祖母の作った作品程完璧ではないが、綺麗だった。
もう2年目の付き合いに突入して、半年以上経つわけだから、はなこの手先が器用なことは北も知っていた。

「ええやん。誰かにあげるんか?」

せっかく作ったなら、誰かにあげるんじゃないかという単純かつ純粋な質問をする北。

『いやー…、マフラー編むん初めてで、これは練習中の試作品みたいなもんなんで、誰かにあげられるほど立派なもんやないですよ』

そう言って苦笑いするはなこは、編んでいる途中のマフラーを揉んだり撫ぜたりしている。
北には編み物のことはよく分からないが、はなこが編んでいる途中のマフラーを見ても、はなこが苦笑いするような要素が感じられなかった。
むしろ、上手く編めたか編めなかったかよりも、今時買えばなんでも手に入るのに、わざわざ練習してマフラーを編もうとする姿勢がすでに立派じゃないのかとすら思う。

「俺には編み物とかよう分からんけど、上手いことできとるように見えるけどな、俺は」

『えー』

「自分で作っとるからそう思うんやろ。お前意外と真面目やから、ちゃんとしたもん作るなら、ちゃんと練習してからやないと気が済まんのやろ」

いつもの真顔でそう言った北に、はなこはドキッとした。何故なら今言われたことが全部当たっているからだ。

『私なんかマネージャーやのに、よう見てますね』

そんな事を言ったって、マネージャーを選んで生きてきた自分にどんな事情があったって、北は北のまま。選手だろうとマネージャーだろうとしっかり観察するだろう。

選手よりもマネージャーをやりたい。
そう思ったのはまだ右も左も上も下も知らない小学生の頃。父や双子がそれを応援してくれて、今の自分がある。それはわかっている。自信もある。

ーー でも、自分は本当にこれでよかったのだろうか。父はクラブの、あの宮兄弟を育てたクラブの監督なのに、私は勝手にマネージャーの道を歩んで行った。三人の兄は皆、有名なバレーの選手として羽ばたいて行ったのに、私は本当にこれでよかったのか?

今更変えることなんてできないのに、たまにそういう考えに陥る。

「見とるで。お前の話は双子とか尾白からちょいちょい聞いたけど、別に俺は間違うてへんと思う。お前は自分がやりたいことを誰よりも早い段階で見つけて、ずっとやってきたわけやし」

『でもたまに思うんですよね。双子を育てた監督の娘やのに、これでよかったんかなって。お兄ちゃん三人おるんですけど、全員バレーやっとって、全員強いんですよ』

マフラーを編みながら話すはなこに、耳を傾ける北は、こう言う話は多分双子にはしていないのだろうと推測した。

「何がホンマに正解で間違いかなんか、後になってみなわからんやろ。少なくとも俺ははなこがうちの部のマネージャーで良かったと思っとるけどな。あんだけ喧しいアクの強い連中がおっても、うちの部がちゃんと毎日回っとるんはお前がおるからやろ」

その言葉には、なんの含みもない。思っていることを言っただけの北に、はなこは自分の目がじんわりと熱くなるのを感じる。これ以上言われたら絶対に泣く。そう確信したので、『ありがとうございます』と笑顔で礼を言った。

『このマフラー、ちゃんと編めたら北さん貰ってくれません?今の言葉にめちゃめちゃ救われました』

「…なら、楽しみにしとこか」

北はいつもと表情を変えずにそう答える。
マフラーは編むのに途方も無い時間がかかると、昔から近くで見てきた祖母の編み物で知っている。その上でそれを自分に作ってくれるというのは嬉しかった。

でも、同時に一つ心配事が増える。
はなこのマフラーが完成したら、登下校や遠征に行くたびに付けることになるだろう。
そしたらはなこが編んだマフラーだと祖母はすぐに気がつくはずだ。手編みだし、なにより目の前で教えていたのだから。

そうなると、結婚式かはなこの話になったときに、もっとはなこを推してくるようになるだろう。

少し先の未来が視えた瞬間だった。


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