キツネのお正月9
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「……」
「……」
元旦の夜。
一年が始まったばかりのめでたい日だというのに、双子のテンションは頗る低かった。
「…お前が泣かした」
シンと静まり返る電気を落とした部屋の中で最初に口を開いたのは治だった。
「お前もやろ」
昼間、いつもの兄弟喧嘩の流れではなこを怒らせ泣かせたこと。
自分にも非がある事を認めている侑は自分のベッドで天井を見つめながら静かにそう言った。
また、静まり返る部屋の中。
暖房の音と、下で元旦の夜を楽しむ大人たちの声だけが聞こえる。
「でも、あいつが怒るんも悪い」
「……いや、でも、言うとること全部合っとるからな」
こたつに入って寝転ぶ治には、二段ベッドの上で侑が子供みたく拗ねて口を尖らせているに違いないとわかる。
「…」
「…」
少しの沈黙の後、二段ベッドから侑が降りてきたかと思うと、そのままコタツに足を突っ込んでコタツ机の上にゴン、と顎を置いた。
いまだに子供みたいに口を尖らせているが、小学生の頃から付き合いのある親友を泣かせて傷つけた事に対する罪悪感と、どうしようもない苛立ちを感じている侑を、コタツに入って寝転がる治は横目で見て、こう言う。
「…謝り行くか、今から」
「………………行く」
真冬の夜にそんなことを言い出した治に、侑は何の疑問も持たず、否定もせずに前を向いたまま応える。
七志はなことは、単純に家が近いという事もあるが、二人にとってそれほどまでに大切な存在だった。
「……でも、今から行ったら迷惑やな。もう9時過ぎとるし」
「……せやな。なら明日や」
ーー また、少しの沈黙があった後「まだ怒っとんかな」と治が呟いた。
「わからん」
「…俺らのせいで泣いとったらどうする」
「……………………」
何かを決意した顔で侑が勢いよく立ち上がると、コタツ机の上のテレビのリモコンが跳ねた。
え、なに?なんなん?とカーペットに手をついて起き上がる治。
すると侑はクローゼットを開け、背中に稲荷崎高校排球部と書かれた黒のゴアテックスを取って着た。
「え……は……?ちょ、おま、今から行くん?話聞いとった?おとんらランニング言うて誤魔化すつもりなんか?9時過ぎとんねんぞ?」
「サム、お前も着替えろ!おとんらーにはランニングで誤魔化せる。元旦の夜、気持ち改めて走ってくるわ言うたら通る!」
「いやお前落ち着けて。それで俺らの家から出れてもはなこが出てこれる保証どこにあんねん。おっちゃんおばちゃん優しいから万が一出てこれても、兄貴3人にぶちのめされるて。特にいっちゃん上の兄貴ごっつ怖いやん」
「お前ははなこの兄貴にぶちのめされるんと、はなこが俺らのせいで泣いとるかもしれんのどっちが怖いねん!どないすんねん、俺らに呆れて部活のマネージャーも辞める言い出したら!あんだけ俺らのこと知り尽くしたマネージャー失ったら俺はどうやってテーピング巻いたらええねん!」
「ああこれは言おう思とったけどな、テーピングは自分でも巻け!巻けるのに全部はなこにやらすな!」
「アホか俺の仕事はバレーや!完璧なプレーする為に完璧なテーピングしてもろとんねん!……って何の話やねん!?行くぞ!」
治の分のゴアテックスを取り出して投げる侑。感情が高まった治はもうどうとでもなれと思いながらゴアテックスに腕を通した。
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