キツネのお正月8
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「サムが俺の餅取んねん!」
「人聞き悪いこと言うなや、ツム!」
北はおばさんに頭を下げながら、騒がしい双子のあいだに入っていく。そして、静かに双方の言い分を聞いた。
「これは俺の餅や!」
「俺が丸めた餅や!」
それしか言わない二人に、北は「わかった」と頷いた。そして、興奮で真っ赤になったふたりのどちらでもなく、どこでもない宙に向かって言うのだった。
「おまえらの餅やない」
「はァッ!?」
双子が声を合わせたが、構う事なく北は続ける。はなこはそんな様子を座るのにちょうどいい大きな石にちょこんと座って見ていた。
「正月の餅は、神さんへの捧げもんや」
狐につままれたような顔でぽかんと立ち尽くす双子を下がらせると、北はトレイを持ったおばさんに言った。
「餅は、神さんに」
「……え、ああ、そうやね」
そう言って、おばさんは最後の餅を持って下がっていく。
神様に捧げるお餅はべつに、今ここに残った一つの餅じゃなくてもいい。でもこれで双子の喧嘩が収まるなら、今は仲裁をしてくれた子の言う通りにしておこうとおばさんは思う。
「俺の餅が!」
『解決したな』
「してへん!俺のや!」
まだ未練がましく叫ぶ双子に、もう一度「神さんの餅や」と告げると、北はそのまま公園をあとにする。はなこが軽く頭を下げると北はビニール袋を持っていない方の左手を挙げて帰っていった。
「……はなこ…おまえが呼んだんか」
北の背を見送っているはなこの背中に侑の低い声が刺さる。振り返ると、治もそう思っている顔でこちらを見下ろしていた。
『ちゃうけど?』
双子ははなこに歩み寄り、不機嫌な顔で見下ろすが、はなこは何とも思っていないようで、いつもの顔で淡々と返す。
『ゴミ捨て行ったらたまたま出会ってん』
「そっから連れて来とるやんけ」
きな粉餅を侑に奪われただけでなく、目の前の餅まで没収された今日の治は怖い。
双子の怒りの矛先が完全にはなこへと変わっている。
『いや、北さんが自分で公園入って行ってんて。喧嘩しとんの外まで丸聞こえやったもん』
はなこが嘘をついているわけではないのはわかっているが、最後の一つの餅をあんな形で取り上げられたふたりの怒りは簡単に収まるものではなかった。
そんな二人にはなこもジワジワと苛立ちと緊張感を感じ始める。もともとは餅一つで喧嘩するようなバカな二人が悪いのに、それを突然現れた先輩に取り上げられたからって、何で自分が怒られないといけないのか。
『大体餅一個でマジ喧嘩するアホな双子がいっちゃん悪いやろ。やのになんではなこがキレられなあかんわけ』
禁句ワード : " アホな双子 "を言ったはなこに、双子の額には完全に青筋が浮かび始める。
この際「アホな」はどうでもいい。何が癇に障ったかと言うと、侑は治と、治は侑と"同じ"だというニュアンスだ。
「はァ?こんなんと一緒にすんなや」
「お前が言うなや、俺もお前と片割れとか嫌じゃボケ」
180センチ越え二人に近距離で睨みつけられる160センチは全く怯まないどころか対抗心を剥き出しにしている。
『言うとくけど周りからしたら自分らレベル一緒やで』
ーー ブチ。このセリフで完全に二人はキレた。
「……なんやねんお前」
低い声。風で揺れる金髪の前髪の下、冷ややかな目ではなこを見下ろす侑は今、治はどうでもいい。
無論それは治も同じ事で、今の今まではなこよりもムカついていた侑の事ははなこの一言で眼中から消え失せ、はなこへの苛立ちが増す。
「…はァ?」
ガチギレの男子高校生二人に睨まれる、という時点で普通なら怖いだろう。普通の女子なら。
しかし双子との付き合いが小学校の頃からある、実質2人と幼馴染の様なはなこは違う。
しょっ中ではないが、こういう本気の喧嘩は今までも何度かあった。それでも今日まで仲良く付き合っているのは親友だからだ。
『いっつもそうやんか』
はなこははぁと息を吐き出してから、疲れた顔でそう言うと、2人に背を向けた。
『……帰るわ』
「はぁ?待てや」
反射的にはなこの肩を掴んだ侑にはなこは即座に振り返ると、『触らんといて』と強く言った。
なんやねんとイラついた表情で咄嗟に手を離した直後、侑の目に映ったのは『………元旦くらい、仲良うしたかった』と感情的になって双子に怒った反動で溢れる涙を堪えているはなこの顔だった。
ーー そんなはなこに二人は何も言えなかった。
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