戦闘終了〈勝利A〉


「みんなお疲れさま!」

転送されて帰ってきた刀剣男士を主が駆け寄ってきて労る。

私たち稲葉本丸は練度上げのため演練に来ていた。

今回は先程戦ったピカピカの審神者一年生本丸でノルマ分の対戦を終わりだ。
いやー、いいね。主も審神者3年目で落ち着いた運営が出来てるからピカピカ一年生がなんだか懐かしいというか微笑ましいというか。
あの頃の私たちもそんなふうに思われてたんだなぁ。


相手の審神者たちに挨拶しに行く主に護衛としてついて来た私が付き添い、他のメンツもそれぞれ交流をはかる。他本丸の鶴丸国永にちょっかいかけられてる三日月は平野に任せた。ごめん平野。

私は主が挨拶に行った審神者の護衛に最近実装されたばかりの物吉貞宗がいたので絡みに行ってみた。
鶴丸国永とは同じ伊達の刀、光忠のセリフでお馴染み「貞ちゃん」である未実装の太鼓鐘貞宗の兄弟刀。

ちなみに実装のお知らせで早とちりand勘違いした主が光忠に「貞ちゃん来るよ!」と報告する事件があったりしたのだが詳しくは語るまい。その日に食べたお赤飯に気まずい思いをしたとだけ。
きっといつかは笑い話になってくれるさ。

そんな話を和やかにして幸福を祈られていた時のこと。

「いち兄を悪く言うな!!!!」

並ぶモニター、ひしめく刀剣男士と審神者たち。
演練会場にその喧騒を切り裂く鯰尾の悲鳴に似た叫び声が響いた。

明らかな異常事態に各刀剣男士はすぐさま自分たちの主の元へ集結し、喧騒の元を探す。

渦中にはうちの本丸の鯰尾藤四郎と一期一振、そしてよその一期一振がいた。

慌てて骨喰が鯰尾を迎えに行くが興奮状態にあるらしい鯰尾はそんな骨喰が目に入っていない。かろうじて刀に手がかかっていないのは幸いだ。

「何があった?」

「ふむ……」

比較的近くにいたはずの三日月によると、なんでも鯰尾と仲良くなりたい一期がよその一期に助言を貰いに行っていたのだが、たまたまその話声が耳に入ったらしい鯰尾が急に割って入ったそうだ。

「あの、鯰尾兄さんはなにかあったんでしょうか」

平野が遠慮がちに聞き、長谷部も難しい顔で聞き耳を立てている。

聞いてきた者には話すことにしてはいるものの、ここは演練場だ。他の審神者の目も耳もある。ブラック本丸の話題は出すべきじゃないだろうし、先に鯰尾をどうにかしなくては。

「帰って説明します。まず鶴丸さんは鯰尾たちを。長谷部さんは代わりに護衛をお願いします」

「主命とあらば!」

しゅぴんっと背筋を伸ばした長谷部に後を任せた。まさか主を刀剣男士同士の仲裁に放り込むわけには行かないから妥当な人選だろう。

主が他の審神者たちに頭を下げてる間に鯰尾を回収に動く。骨喰に抑えられてる隙だらけの後ろから脇に手を入れて持ち上げると「うわっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「驚いたか!」

「鶴丸さん…っ」

「いやうちの鯰尾がすまんな、一期一振」

わっしゃわっしゃ撫でくりまわしながらよその一期に謝ればやっと周りが見えてきた鯰尾は、自分たちに注目が集まり且つ主が頭を下げて回ってることにサッと顔色を無くした。

「こちらこそ不用意な事を言ったようで……鯰尾、すまなかったね」

「……俺もごめんなさい」

腕の中で小さくなる鯰尾を解放して骨喰に預け、静かにパニクってる我が家の一期の背を押した。

さあ事情は帰って説明してもらうからしっかりしてくれ。



***


鯰尾の抱く"一期一振"への感情は複雑なものだ。

「知らなかったのです。てっきり鯰尾は、前の本丸の私を憎んでるものだとばかり。だからつい口に出てしまった。『同じ一期一振として恥ずべきばかりだ』と」

そして他本丸の相談に乗っていた一期もそれに頷いてしまった。
それを鯰尾が聞き、見ていたことにも気付かずに。

一期がどうしても鯰尾との距離を縮めたがってるのは知っていた。
もちろん一期とて鯰尾が己を拒否する姿勢ならばもっと時間をかけるなりとりあえず距離を置くなりしただろう。

しかし実際には失敗こそしてるものの、もともと彼の希望で一期の顕現に踏み切っただけあって鯰尾から一期と触れ合おうとすることは少なくないのだ。よく寸前で逃亡してるけど。

正直なところ、そんな素振りを繰り返されては焦れるのも無理はない。

「教えて下され。鯰尾はなぜ一期一振を憎んでいないのです。憎んでいたからこそ、関係のない私と板挟みになっていたのではないのですか。そうだと思っていたから、私はお前の知る一期一振とは違うのだと、私を見てくれと訴えていた。なのにあれでは、まるで鯰尾はブラック本丸の一期一振を好いていたかのような……」

項垂れる一期を前に私は沈黙した。
事情を聞くため集まっていた鯰尾と骨喰を除く演練メンバーと初期勢も難しい顔で黙り込む。

鯰尾の感情は鯰尾のものでしかなく、本人がそれを口にしない限り私に出来るのはその胸中を想像することだけ。

感情というのは厄介だ。壱か零かでは語れない。言葉にするのも難しいことだって多い。
長く生きた人間だって感情に振り回されることもあるのだから、人間初心者の刀剣男士にはもっと難しいだろう。

それに、彼らと私では決定的に情報量が異なる。

私は鯰尾のいたブラック本丸を目で見て、空気に触れて知っている。
ブラック本丸の一期と言葉を交わして知っている。
その彼の真意と結末の真相を、私だけが知っている。

私だけが知っている、はずだ。

けれど鯰尾はどうだろう?

ブラック本丸を通報しようと、地獄で足掻いた鯰尾を妨害した一期一振。
弟たちとの接触を許さなかった一期一振。
兄弟刀を売り続けた刀派の長兄。

鯰尾の知る一期一振は本当にそれだけだろうか。

私はまだ笑うこともできない頃の鯰尾が傷付くのを避けて明言させることをしなかった。

だから兄弟を好きか?と問われて沈黙し、一期はと問われて顔をこわばらせはしたが、けっして一期を嫌いだと口にしたわけでは……ない。


感情は、壱か零では語れない。

けれど語らずとも伝わっていることもある。

“一期一振”は鯰尾藤四郎を守りたかった。

“鯰尾藤四郎"は________。
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