ー 太刀 江雪左文字 ー

江雪左文字は鶴丸国永が苦手だった。

古参の一振り。
戦を好み、恒常を嫌い、刺激を求め、苛烈に駆け真白く美しいその身が血に濡れることを良しとする刀。

戦いを嫌う江雪とは対極にいる刀。

軽妙で酔狂で自由奔放な振る舞いをしながら、思慮深く世話焼きで笑顔に囲まれている刀。
かと思えばふっと静かな湖畔のような空気を宿す刀。

その本質を掴ませぬような、深淵を覗いたと思ったら覗かれているのはこちらだったというような、そんなところが苦手だった。

「戦いたくない?戦いが嫌い?大いに結構。
君は内番を丁寧で積極的にやってくれると評判だしな。戦わない者に価値がないとは言わんさ。内番や遠征、主の護衛に本丸の守護……やる事は多い。刀も実践刀、美術品、権威の象徴と役割がある。
だがな江雪、俺たちはまず何より刀剣男士だぜ。
戦はすでに始まっている。
刀が抜かれる前、振るわれぬように努力できる時期はとうに過ぎ去った。

もう一度言う。
戦いたくない?戦いが嫌い?
大いに結構。戦わない者にも役割はある。
だが、戦えない者、強くない者はいらない。よく考えな」

力が無いなら理想も説法もただの戯言で、耳を貸す者などこの戦時中にいやしない。

弱者の声は雀の千声にすら届かないのだ。


太刀の体捌きを覚えるのに手合わせの相手になっていた鶴丸は、「戦いが嫌いだ」と零した江雪へそう語った。

江雪の思想を鶴丸国永は否定しない。
否定はしないが、同調はせず、弱者は許さない。

貫きたいなら強さを。
守りたいなら強さを。
声を上げたいなら強さを。

この世は悲しみに満ちているけれど、その悲しみに呑まれない強さを。
悲しみの中にある一欠片の幸福を見落とさない強さを。

汗だく疲労困憊で座り込んでいるこちらとはうらはらに、鶴丸は涼しい顔で立っていた。

これが今の実力差か。

戦は嫌いだ。争いは嫌いだ。和睦こそ目指す道である。でも、それを主張することが許される最低限の強さすら今の自分に無いならば。

「ならばまず、その羽二重の肌に汗ひとつくらいはかかせてやりたいものです」

江雪はどこか吹っ切れたように木刀を持つ手を握った。

江雪は鶴丸が苦手である。
それでも嫌いにならないのは、仲間であるという以上に羨望しているからだ。

戦を好み、恒常を嫌い、刺激を求め、苛烈に駆け真白く美しいその身が血に濡れることを良しとする刀。

戦いを嫌う江雪とは対極にいる刀。

対極にいるからこそ、戦は嫌いなれどどこか憧れのような感情を抱いていたので。

あの刀の周りはいつも笑顔と和睦に満ちていたので。
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