鶴丸と見習いがゲートの向こうへ消えたのを見届けて、彼らは動き出した。




「……えっ?鶴丸さん、この本丸出て行っちゃうんですか?な、なんで」

寝耳に水、といったように驚く稲葉にやっぱり分かってなかったかーと光忠は額をおさえた。

「その可能性もあるってことだよ。見習いちゃんの恋路を応援してるみたいだったから、ちょっと気になってね」

「でも……なんでそれで鶴丸さんが出て行くんですか!?別に他所の審神者の恋人だからって私の刀じゃなくならなくても!私だって気にしないし……」

「そうだね、主はそうかもしれない。でも恋人の方はどうかな?僕らは刀剣男士だ。何よりも主が大切で、優先順位の第一位。好意と忠誠を捧げるのは主一人。もし主と恋人が同時に窮地に陥ったとして、主より先に恋人の方へ手を伸ばすことはない。君は、好きな人の一番になりたいとは思わない?」

「……思う」

「なら見習いちゃんが鶴さんを欲しがるのも分かるよね」

「ッごめんさい、私なにも考えてなくって……ただ、審神者と刀剣男士の恋なんて素敵だなって……それだけで…‥」

鶴丸さんが出て行くって言ったらどうしよう。引き止めたい。でも今まであからさまに見習いを応援しておいて?それが許される?

「どうしよう山姥切くんっ!」

いつだってそばにいる、なにより信頼する刀の薄汚れた布を掴んだ。






「どうしよう山姥切くんっ!」

見習い先の審神者があなたが頼りです、と初期刀に縋るのを盗み見ていた加州清光は逃げるように踵を返した。

早足だったそれはいつしか駆け足、そして疾走になり、人気のない倉庫裏の壁に手をついてやっと止まった。

嫉妬、羨望、言葉に表せない感情全てをぐちゃぐちゃにかき混ぜたようなものがある気がして服の上から心臓を掴む。

「加州?」

名前を呼ばれてハッと顔を向ければ白黒のだんだら羽織り。

「長曽祢、虎徹」

「ん?ああ、見習いの加州清光か。すまんな、どうも様子がおかしかったものだから追いかけて来てしまったんだが……余計だったろうか」

長曽祢虎徹はまだ見習い本丸には顕現していない刀剣だった。

自分のところの加州清光ならば問答無用で踏み込んで話も聞けるんだが、と頬を掻いた彼は自然な動作で隣に座りこんでちなみに、と続けた。

「おれは、口は堅いほうだぞ」

ああもう、これだから局長の刀というやつは。
ちょっとやそっとじゃびくともしない深く広く大きな器に加州はちょっとだけ、ほんの少しだけ、このぐちゃぐちゃしたものを吐き出したくなった。

「言っとくけどこれ、独り言だから」





「主君は悪くないんですよ」

秋田藤四郎は自分と全く同じ見目の、自分ではない自分とせまい暗闇の中でくっつきながらこっそり呟いた。

平野みーつけた!と鬼役の鯰尾藤四郎の声が遠くに聞こえる。

同じ場所を隠れ場に選んだのは、さすが同じ存在とでも言うべきか。かくれんぼの鬼才たる秋田藤四郎二振りの厳選したこの隠れ場所はまだまだ見つかりそうにない。

「主君は加州さんが大好きなんです」

え!?と上げそうになった声を慌てて塞ぐ。
だって、見習いさんは現在進行形で鶴丸さんとデート中なのだ。

「えっと、そうじゃなくて、一番大事って意味です。加州さんにあまり怪我、してほしくないみたいで。僕らの本丸ではそれこそ本丸発足日からずっと短刀たちが一番強いんです。それは嬉しいんですけど、加州さんが出陣する部隊では加州さんより低い練度の刀剣男士は入れないんです」

それだけ大切にされている、と取る事もできるそれは同時に頼りにされていない、とも取れるかもしれない。夜戦以外ではどうしても短刀と打刀では打刀の方が強いのが当たり前なのだから当然だ。

「加州さん、初期刀なのにっていつも気にされていて……皆さんとの演練の後で「もっと使って」ってお話しされたみたいなんですけど……確かに出陣頻度は上がりました。でもやっぱり同等以上強い刀剣男士と一緒だし刀装は盾兵ばかりだし…」

加州としてはそうだけどそうじゃない、みたいな結果になってしまったわけだ。さらに検非違使が確認されてからは、奴らが出ない戦場にしか行かせてもらっていない。

「短刀はどうしても通常の戦場では打刀に性能で劣ります。僕らは使ってくれるのが嬉しくって、そんな加州さんの状況に気付くのが遅れてしまったんです。いえ、気付いていて、気付いてないふりをしてたんです」

暗くて互いの声と体温しか分からないような隠れ場の中で零されたそれは、秋田藤四郎の懺悔であった。








「加州の旦那、秋田、おれっち、乱と小夜、五虎退の計六振り。これがおれっち達の本丸に初日で権限した刀剣男士だ。それも就任からわずか数時間で!凄いだろ、短刀ばかりたぁ言えそれを一気に顕現する能力も行動力も」

誇らしげに主を語る見習い本丸の弟、薬研藤四郎に一期は素直にそれは凄い、と讃えた。
なんせ一期は自分の本丸が一週間で一部隊と聞き及んでいたので。
ちなみに普通は霊力云々の問題もあって二日か三日に分けるらしい。
それが出来る見習いが能力的に優秀なのは間違いようのない事実なのだ。

「……けどな、顕現した時間差があまりに短いせいかこの本丸ほど初期刀、初鍛刀の区別つーか、使命感とか特別感が無いのもまた事実だ」

「初鍛刀は秋田だったかな」

「おうよ、一応な」

「一応」

「言ったろ?区別がほぼ無ぇって。……大将は加州の旦那が初陣から帰還して手入れしてる間に秋田を鍛刀して鍛刀部屋を拡張して資材やら買って、残り四振りを手伝い札使って鍛刀して顕現させた。加州の旦那からすりゃ、初めての手入れが終わって出てきたら主の周りに五振りも知らん刀がいたってわけだ」

その時はそれが後々深い亀裂になるなんて思ってなかった。たった一振り、加州清光を除いて。

「人の身なんざ持つのはみんな初めてだった。スタートラインがあまりに同じで、おれっち達にとって初期刀なんてのは今のところ唯一の打刀、くらいの認識だったんだ」

誰もが平等に主の1番の刀になれるチャンスがあって、やはり誰もがそうなりたかった。

「そうじゃない、それじゃいけないと気付いた時には遅かった。ぱっと見じゃ、主の1番は空席だった。そりゃそうだよなぁ。先進の俺たちがその座を狙いあってんだから。後から顕現した奴らまでその座を狙い始める。もしかしたら自分がってな」

愛されたがり、と言われれば加州清光を筆頭に思い浮かべるかもしれないが、付喪神なんてのは結局どいつもこいつも愛されたがりだ。刀剣男士になれる付喪神はさらに愛されるのが当たり前だったような物たちで。
主の1番の座なんて喉から手が出るほど欲しい。

「敵は身内にあり…ってな。加州の旦那は初期刀として頑張ろうと奮起してたんだ。それを殺したのは主じゃない。おれっち達だよ」


パタン。

そう話を締め括って救急箱の蓋を閉めた薬研藤四郎は「で?」と意地の悪い笑みを浮かべ、たった今手当したばかりの一期の手首を指差した。

「わざわざ手入れするほどじゃあない怪我こさえて?自分んとこのじゃねえ薬研藤四郎を捕まえて?世間話をよそおって?主を審神者に戻すための算段はつきそうか?」

ウップス!バレてる!







「加州清光を手放せと言いました」

政府内に設けられた一室にて、最初に見習いを受け入れた本丸の壮年の女審神者はため息と共に重々しくそう言った。

「どうして、ですか?」

稲葉はそんな彼女と向き合って座っている。初対面の人と政府施設で対面とか緊張で声が震えまくりだったが、隣に初期刀がいてくれてるのでなんとか踏ん張ってる状態だ。
なによりここで頑張らなければ、本丸で色々動き出してるみんなに顔向けできない。

「あなたは見習いの加州清光を見て、なんとも思わなかったのかしら?あんな、あんな辛そうにして……あの加州にとって、あの主と本丸は毒でしょう」

だから、加州清光を引き取ると申し出たのだ。そしてその時を境に見習いは審神者の教えを全て拒否して匙を投げられることになる。
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