雨が降っている。
さあさあと静かに地を濡らす音で優しく起こされた布団の中、私はズキリと鈍く痛む頭に眉間に皺を寄せた。
『好き』
記憶に焼きごてで刻まれた言葉がリフレインする。あの後、脱兎の如く言い逃げした見習いを呆然と見送る私に薬研が差し出した魔界ドリンクをヤケクソに飲み下したところで記憶は吹っ飛んでいるが、あれからどれくらい経ったのだろう。
どうせならもう少し前の記憶から飛ばして欲しかったが、そう上手くはいかないらしい。世知辛い世の中だぜ。
部屋は暗いが明かりをつけなければならない程じゃない。雨が降っていることを考えればこの暗さでも昼間くらいだろう。
刀剣男士は病気をすることはないが、なんらかの要因で不調に見舞われることはある。
疲れか心労か、はたまた飲んだドリンクのせいか。刀剣男士になってから初めての体調不良に「ああ、そういえばこんな感じだったか」と一周回って懐かしくなってしまう。
まあ懐かしかろうが辛いもんは辛い。
切った張ったの痛みにゃ慣れたがそれとは別問題である。
枕に顔を埋めて唸っていると、部屋の外から声がかかった。
「鶴さん、起きてる?」
「みつぼー?」
半分だけ顔を上げた返事はくぐもっていたがちゃんと聞こえたらしい。ほっと息を吐く気配がして戸が開く。
「お粥だけど、食べられそうならと思って」
「たべる……どのくらい寝てた?」
「丸一日」
お粥と聞いて素直に鳴いた腹の虫に苦笑し体に力を入れると、光忠はサッと起きるのを手伝ってくれた。看護ってより介護。
「無理しないでね。昨日の夜は熱もあったんだよ」
「刀剣男士って熱出すのか」
「薬研くんが心労だろうって」
「薬研ドリンクのせいではなく?」茶化すように半ば本気で言えば、「いつもなら僕らも真っ先にそれを疑うけどね」と彼は形の良い眉尻を下げた。
「最近の鶴さん、すごく思い悩んでたみたいだったから」
頬が引き攣りうろっと視線が泳ぐ。隠しきれてない自覚は、あった。だけどこればかりは相談できない。政府からの箝口令が無くても、まさか自分たちの守ってる歴史は本物か?現在は正史か?なんてそんなこと言えるわけない。
これは私が一人で飲み込まなければならない問題だ。
何も答えを返せずに口へ運んだお粥が優しくて美味しくて、少し鼻の奥がツンとした。
黙々と食べ進める横で光忠は私が寝込んでる間の本丸の様子を教えてくれた。
見習いの態度のアレやソレはどうやら「想いを寄せる鶴丸国永を所有している」という事実から来る嫉妬心が大半だったようだ。
彼女の本丸に顕現した鶴丸国永が、長谷部の言葉を借りるなら「落とし穴を掘るタイプの鶴丸国永」であったこともあるかもしれない。あの言葉は的外れでも無かったらしい。
見習いの初期刀と初鍛刀は何となくその事に気付いていた。というか己の主から向けられる、自分を通した誰かへの恋慕に鶴丸国永が気付いて報告したとか。謎の罪悪感…。
今本丸は私がどう動くのか。誰もがその一挙一動に注目している。
「へぇ……」
としか言えねええええ!!いやホントにとんでもないことになったな。
「好かれるようなことをした覚えはないんだがな」
やったことと言えば、初演練の時にプライドへし折って逃亡を許さず初期刀をぶん投げたくらいだ。
改めて客観的に見ても酷いな。嫌われる理由はあっても好かれる理由がないんじゃが。
乙女心って分っかんねーな、元女だけど。